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「腹が減ったなら、そう言えば良いのに」
「………」
「なんで、つまみ食いなんかしたんだ」
「………」
「喋らないなら、追加の昼ごはんはなしだ」
「えぇっ!」
「嫌なら話せ」
「つまみ食いなんか…してない…」
「でも、実際、鍋は空になってる。つまみ食いじゃなかったら、何なんだ」
「………」
「そうか。そのままそこで飢え死にするか」
「うぅ…」
「おい、こいつはもういいから、昼ごはん作ってくれ」
「え…?」
「昼ごはんを、作ってくれ。早く」
「は、はぁ…」
もう仕方がないということでご飯だけを炊いて、昼ごはんはお握りになったんだけど。
釜の蓋が開けられると、良い匂いが厨房に広がる。
「良い匂いだ。特製のお握りを食べられないなんて、勿体無いな」
「そうですねぇ」
「うぅ…」
「葛葉、起きろ。もうすぐごはんだぞ」
「ん…。ごはん…」
「ああ。今日はお握りだ」
「おにぎり!」
一気に目を覚ました葛葉は、すでに涎を垂らしていて。
…手近にあった布巾で拭いてやる。
「おなかすいた~」
「はいはい。分かってますよ」
そして、お握りが葛葉の前に並べられていく。
「食べていい?」
「ああ」
「いただきます!」
「分かった!喋るよ!」
「そうか。葛葉、そっちに移ってくれ」
「………」
葛葉は気付いていないのか、黙々とお握りを食べていて。
横の椅子に座らせると、一瞬私の方を見て、お握りをひとつ渡してくれた。
それを受け取り、頭を撫でてやると、足をバタバタさせて喜ぶ。
「さて、何を喋ってくれるんだ?」
「盗ったごはんは、さっきのところに隠してある…」
「それだけか?」
「それだけだ!」
「そうか…。残念だ」
「昼ごはん!寄越せよ!」
「全部話したらな」
「今ので全部だ!」
「保管室の中に、料理があるんだと」
「はい。分かりました」
そして文太は保管室に入っていき、間もなく大きな革袋を持って戻ってきた。
「たしかにありました。でも、もうお握りも作りましたし、これは夕飯にしますね」
「ああ。それにしても、このお握り、美味いな」
「ありがとうございます」
「お腹、空いた~」
と、お腹をさすりながら光が入ってきた。
「良いところに来たな。今日の昼ごはんはお握りだ」
「お握り~」
「これ食べたら、市場に行こうな」
「うん…」
「大丈夫だって。必ず仲直り出来るから」
「うん」
「隊長。市場に行くなら、買ってきてほしいものがあるんですが」
「何だ?」
「今、ちょっと覚書にしますね…」
「そんなにたくさんあるのか?」
「ええ。申し訳ないんですが…」
「いや、大丈夫だ。書き忘れのないようにな」
「はい。ありがとうございます」
机の上にあった紙と鉛筆を取り、ひとつひとつ思い出しながら書いている。
光を見ると、大きなお握りを取って、上の方から少しずつ食べていて。
葛葉はというと、両手にお握りを持って、がっついていた。
「うぅ…」
「唸っても何も出ないぞ」
「お握り…。な、一個で良いから!」
「じゃあ、隠していることを話せ」
「分かった!分かったから、夏月に食べさせてやってくれ!」
「夏月?」
「頼む…頼むよ…。俺はどうなっても良いから…」
後ろ手に縛られたまま、額を地面に擦り付ける。
…夏月が誰かは知らないけど、その辺は大丈夫そうだ。
バタバタと、急ぐ足音が近付いてきた。
「姉ちゃん!誰かが倒れてた!」
「空腹と栄養失調だろう。助かるか?」
「え?あ、うん。でも、いろいろ道具を用意しないと…」
「オレも手伝おう」
「うん。医療室に」
「分かった」
そして、床に突っ伏して泣いている夏月の兄貴の縄を解いてやる。
「医療室にいるからな。昼ごはんを食べてから、来るといい」
「うっ…うぅ…」
「葛葉、光。こいつを案内してやってくれるか?」
「うん!」「はぁい」
「よろしくな」
「お粥でも作りましょうか?」
「そうだな…。今は無理だろうから、夕飯に。いちおう、風華に確認取るけど」
「はい。了解です」
「覚書、ちゃんと書いとけよ。じゃあな。ごちそうさま」
軽く手を振って、厨房をあとにする。
夏月の兄貴は、まだ泣いていた。
利家が言うには、昏睡状態からは抜け出したらしい。
でも、いつ目を覚ますかは分からないとのことだった。
「こんな小さな子が、何日食べてなかったのかな…。顔色も悪いし、頬も痩けてる…」
夏月の額をゆっくりと撫でる風華。
その目はとても哀しげで。
「当分は点滴だな。こっちの男の子は、まだ大丈夫みたいだけど…」
「うん」
「なんで、こんな小さな兄妹が空腹で…」
「戦だろうな。隣国の」
「戦…」
利家は、深く考えるように宙を見つめて。
「何か、助ける手立てはないのかな…」
「………」
そして、呟くように言う。
泣き疲れて眠ってしまった夏月の兄貴は、それでも、夏月の手を離さなかった。
…一瞬、それが利家と風華に見えて。
二人は、この兄妹に同じものを見ているようだった。
「響、連れてきたよ!」
「シーッ」
「あ…ごめん…」
「この子たちは僕が看てるから。そっちも、よろしくな」
「ああ。分かってる」
「私も残るよ」
「ダメだ。風華は紅葉たちと市場に行け」
「でも…」
「風華は、いろいろ重ねすぎるだろ」
「………」
「ほら。行ってこい」
「うん…」
何を重ねるのかは分からないけど。
でも、風華はここに残らない方が良いということは、私にも分かる。
だから、風華の手を引いて、医療室から出た。