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部屋の隅で、モゾモゾと何かやっている。
覗いてみると、どうやらまた絵手紙を描いたらしい。
粗末な紙に、たくさんの子供たちの絵が描いてあって。
ヒラヒラさせて、墨を乾かしていた。
「昨日の遠足のことを描いたのか?」
「ひゃぅ!」
「言ったら、もう少し綺麗な紙をやったのに」
「も、もう!びっくりさせないでよ!」
「何回びっくりしたら気が済むんだ」
「何回でもびっくりするよ!なんで、足音も立てないのさ!」
「癖だな」
「はぁ!?どんな癖!?」
「こんな癖」
「そういうことじゃないでしょ!」
「でだ。響と光が喧嘩してるのは知ってるな?」
「うん」
二人の名前を出すと、手紙を横に置いて真剣な顔をする。
絵手紙はやっぱり昨日のことで、細い筆を使ってかなり描き込まれていた。
「あ、そうだ。ユカラは?」
「医療室だよ。ねぇ、ユカラが関係してるの?」
「いや、分からない。でも、三人寄れば文殊の知恵とも言うだろ」
「二人を仲直りさせる作戦でも立てるの?」
「ああ」
「じゃあ、医療室に行こうよ。風華もいるはずだし」
「そうだな」
「うん。行こう」
すっかり乾いた手紙に裏紙をあてて丸め、黒い紐で結ぶ。
重要文書に使う結び方で。
「そんな結び方だと、向こうが解けないだろ…」
「うーん…」
「そっちの赤い紐で普通に結べ。それで大丈夫だから」
「どういう意味があるの?」
「赤は重要文書。黒は一般文書だ。香具夜に教えてもらわなかったのか?重要文書の結び方は知ってるのに?」
「えっと…」
講義、聞いてなかったんだな…。
目は泳ぎ、額に汗をかいている。
…そこまで焦ることもないと思うけど。
「まあいい。早く手紙を出して、医療室に行こう」
「う、うん…」
怒られると思っていたんだろうか。
桜は、ほっと安堵のため息をついていた。
「でも、覚えないといけないことは、ちゃんと覚えてもらうからな」
「えぇ~…」
「香具夜に厳しく指導するように頼んでおくから」
「えぇ~っ!」
「聞いてない桜が悪いんだろ」
「うぅ…」
ガックリとうなだれる桜。
…まあ、実際にやって覚える方が早いんだけど。
香具夜もその辺は分かっているんだろ。
やる前の準備も大事なんだけどな。
「あ、縁。ちょうど良いところに」
「んー?あぁ、隊長ですかぁ。どうしましたぁ?」
「これ、届けてくれないか?」
「えへへ、良いですよぉ。んー、ヤゥトですねぇ。分かりましたぁ」
「絶対、見ちゃダメだよ!」
「桜ちゃんが書いたんですかぁ?ふふ、大丈夫ですよぉ。ぜーったいに見ませんからぁ。じゃあ、返事も貰ってきますねぇ」
「う、うん」
手紙が潰れないように小さな木の箱に入れると、縁はゆったりと敬礼をして。
「では、行って参りますぅ」
「ああ。よろしく」
「よろしくね」
「はぁい」
そして、おっとりと歩いていった。
「大丈夫かなぁ…」
「何が」
「いつ帰ってくるんだろ…って思って…」
「ふふふ。いつになるかな」
「むぅ…」
「さあ、医療室だな」
「うん…」
桜は、まだ向こうの角のところにいる縁をチラチラ見ていて。
目が合ったらしく、縁はニッコリ笑い、手を振っていた。
「あ、あはは…」
桜も手を振るが、ぎこちないもので。
縁が角を曲がったのを見届けて、大きくため息をついていた。
「ふふふ」
「何が可笑しいのさ」
「いや、なんでもない」
「むぅ…」
桜の頭を軽く撫でてやると、不満そうな顔をする。
そのまま耳を引っ張ってやると、嫌そうに頭を振った。
「耳、触らないで」
「なんでだ。良いじゃないか。こんなフカフカの耳は珍しい」
「そ、そうかな…」
「ああ。こんなに触り心地の良い耳は初めてだ」
「うーん…。ちょっとだけなら…良いよ」
「そうか」
ここぞと言わんばかりに、桜の耳を堪能する。
耳の内側の細かい綿毛が特に気持ち良い。
お返しに、耳の付け根を掻いてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってきた。
そんな可愛い様子を見てる間に、医療室に到着。
「…ん?」
「どうしたの?」
「いや…。入ろうか」
「…うん」
戸に手を掛け、一気に開けてしまう。
「あ、姉ちゃん。今、探しにいこうかと思ってたところ」
「ああ。そうだろうな。響の匂いが、まだ新しかった」
「ふふ、さすがだね。ほら、ユカラ、起きて」
「んぅ…」
「葛葉は寝てていいから」
「あ…ねーねー…」
寝ぼけ眼でフラフラとこちらまで歩いてくると、しっかり抱き付いてきて。
…洗濯の時間のあれが響いているんだろうな。
葛葉を抱き上げて、ゆっくり背中を叩いてやると、安心したようにため息をついて、また眠りへと落ちていった。
「ユカラ、起きなさい!」
「む~…もうちょっと…」
「はぁ…」
「まあ、ユカラは起き次第、話に参加してもらえば良いじゃないか」
「そうだね」
ユカラの鼻をつまんだりして遊ぶ桜の頭を叩いて、こっちに向き直る。
私も、葛葉を起こさないように歩いていき、ゆっくりと腰を下ろす。
「葛葉、邪魔じゃない?」
「ああ。それに、不安がってるんだから」
「そうだね」
「で、響と光の仲直り大作戦だけどさ」
「そういえば、響、姉ちゃんたちのところにも行ったの?」
「いや。オレのところに来たのは光だ。響に酷いことを言ったってな」
「へぇ~。響も一緒だよ。光に嫌なこと言っちゃったって」
「ふむふむ。つまり、二人はお互いに謝りたいとは思ってるけど、相手は許してくれないだろうって思って怖がってるんだね」
「うん。一番簡単だけど、一番難しい問題だね」
相手の気持ちに気付けば、簡単に解決出来る。
お互いに謝りたいと思ってるんだから。
でも、気付かなければ、いつまでも擦れ違ったまま。
さあ、どうやって気付かせてやるかなんだけど…。
「ボクたちに出来ることは、ほんの少し。そっと背中を押してあげるだけ」
「ああ」「うん」
そして、作戦会議が始まった。