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「お前ら、何をそんなに怒っているんだ」
「うぅ…」
「………」
「喧嘩なら他所でやってくれ。ごはんが不味くなる」
「むぅ~…」
「………」
まったく…。
何か早起きしてるかと思えばこれだ。
風華も葛葉も分からないって言うし、望はまだ起きてすらいない。
「何なんでしょうね…」
「さあな」
「うぅ~…」
「………」
「響。せめて黙ってくれないか」
「むぅ…」
「………」
「光はもうちょっと喋れ」
「神道だから」
「はぁ…。どこでそんなの覚えてくるんだ。昨日は楽しそうに喋ってたじゃないか」
「………」
そして、また黙りこくってしまう。
…ホントに、何なんだ。
二人を横目で見ながら、味のしない味噌汁を飲む。
洗濯の時間になっても、響と光の喧嘩は続いていて。
「いろはねぇ。あの二人、どうしたの?」
「さあな」
「ふぅん…」
桜も、その不穏な空気を感じたんだろう。
今日は大人しくタライの前に座っていた。
「響と光の喧嘩に関わらず、いつもそうやって洗濯してくれたら助かるんだけどね、桜」
「えぇ~。面倒くさい~」
「え?よく聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
「なんでもないです…」
「そ。じゃあ、手伝ってくれるんだね」
「うぅ…」
ここまで力の差があれば、なかなか喧嘩にはならないんだけど。
あの二人は、そうはいかないようだった。
「光、どうしたの?響とけんかしてるの?」
「………」
「なんで答えてくれないの?葛葉のこと、きらい?」
「………」
「ねぇ…光…」
「………」
「うぅ…うえぇ…」
「…ごめんね」
「うっ…うぅ…」
ようやく口を開いた光。
泣きじゃくる葛葉を抱き締めて、ゆっくり背中を叩いている。
でも、響は無視を決め込んでいて。
「嫌なら話さなくても良いけどさ、二人でちゃんと解決するんだよ。二人のせいで、みんな暗くなってることにも気付いてさ」
「…望お姉ちゃんには分からないよ」
「うん。分からない。でも、喧嘩してる二人が分かってたら良いんじゃないかな」
「………」
何も言い返せなくて俯く響。
これにも、光は反応しない。
「はぁ…。空気が重たいね…」
「そうだね…」
葛葉は泣いてるし、セトも遠巻きに様子を見てるだけだし。
唯一、軽い雰囲気なのは利家。
…何か知ってるのかな。
「兄ちゃん、何か知ってるんでしょ」
「ん?ああ、まあな」
「何があったの?」
「んー。それは、あの二人の口から話すことだろ」
「そうだろうけど…」
「じゃあ、待つんだな。あいつらが話してくれるときまで」
「むぅ…」
たしかに、それが一番なのかもしれないけど…。
でも、やっぱり気になる。
あれだけ仲の良い二人が喧嘩するようなことか…。
いや、仲が良いから喧嘩をするのか?
うーん…って、そんなことはどうでもいい。
何なんだろうか?
二人はずっと背を向け合っていて。
真実のほどは、全く闇の中だった。
洗濯も終わり、広場の真ん中でセトの背中に乗って空を眺めていた。
相変わらず私に仕事は回ってこず、暇を持て余しているんだけど…。
「ゥルル…」
「ああ。理由は分からないけど」
「………」
「そうだな」
鳶がクルクルと旋回していて。
ホント、何を喧嘩してるんだろうな。
「それで、どうしたんだ?」
「うん…」
身体を起こして下を見てみると、そこには光がいた。
フカフカのたてがみに身体を半分埋めるようにして座っていて。
「わたしね、響と、喧嘩しちゃった」
「ああ。知ってる」
「でも、わたしが悪いの。響に、酷いこと、言って…」
「………」
「謝りたいのに、謝れないの…。響を見たら、なんでか分からないんだけど、胸のところが、こう…熱くなるの」
「………」
「言葉が、喉のところまで来てたのに、出てこないんだ…」
「…そうか」
「ねぇ、お母さん…。わたし、どうしたら良いの…?響に、謝りたいよ…」
光の声は震えていて。
…人一倍純粋な子だから、それだけ考え込んでしまうんだろう。
私はセトの背中から下りて、光をそっと抱き締めてやる。
「私が手伝ってあげるから。光の気持ち、ちゃんと響に伝えような」
「うん…。でも、出来るかな…」
「大丈夫。光なら出来るよ。だって、私の自慢の娘なんだから」
「…うん。えへへ…ありがと、お母さん。わたし、頑張ってみるね」
「ああ。その意気だ。じゃあ、昼から市場に行くから、そのときに上手くやれよ」
「うん、分かった!」
光の頭を軽く叩いてやると、ニッコリ笑ってくれて。
そして、城の中へ戻っていった。
…さて、どういう作戦がいいか。
こういうときは、あいつだな。
二人はなんで喧嘩をしてるのでしょうか。
仲直り出来るんでしょうか。