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日もだんだん傾いてきて、木の影が広場の半分ほどを覆っている。
「もうそろそろかな」
「ああ」
ひとつ、笛を吹く。
今日は一日、ルウェが腹を壊したこと以外は平和だった。
遠足としては理想だけど…
「家に帰るまでが遠足、だもんね」
「ふふ、その通りだ」
本当に気を付けないといけないのはこれからだ。
そのためにも、もう一度気合を入れておく。
みんなが無事に帰れるように。
四、八、十二…。
うん、全員揃ってるな。
「注目~。衛士長から話がある」
「「「………」」」
朝のが効いてるのか、少し疲れたのか。
とにかく、みんなはすぐに静かになった。
…ていうか、また私なんだな。
「よし。衛士長、どうぞ」
「…今から帰るけど、気を抜いちゃダメだ。最後の最後で怪我なんかすると、一気に台無しになるからな。帰りだからこそ、しっかりと気を引き締めて。分かったか?」
「「「はぁい」」」
「よし。じゃあ、帰ろうか」
忘れ物は…ないな。
笛も全員分回収したし。
あとは…
「桜!起きなさいって!置いて帰るよ!」
「………」
「猫の姉さま、やっぱり寝坊助なんだぞ」
「はぁ…。仕方ないな…」
荷物を一旦置き、桜を背負う。
相変わらず、羽根のように軽くて。
「あ、じゃあ、荷物はあたしが持つね」
「え?あぁ、すまない」
「良いの良いの」
「まったく…。桜は何しに来たんだか…」
「きっと、寂しかったんだよ」
「…そうなのかな」
「うん」
「おーい、行けるか?」
「ああ。大丈夫だ」
「よし。それじゃあ、出発進行!」
「「「おぉーっ!」」」
桜は、何かムニャムニャと寝言を言っていて。
無防備な耳を少し触ってやると、煩そうにピコピコと動かす。
今は眠りが浅いのかな。
でも、目を開ける気配は全くない。
「何やっても起きないでしょ」
「ああ。ある意味、才能だな」
「良いなぁ。裁縫の才能に、寝坊の才能」
「寝坊の才能は良いのか?」
「うん。だって、姉ちゃんにおんぶしてもらえるもん」
「それは今日だけだ。普段なら、殴ったり蹴ったりして無理にでも起こしてる」
「ふふ、そうかもね」
ユカラは、桜の鼻をつまんで、優しく微笑む。
「うぅん…」
「桜の寝顔って可愛いよね。なんか、こう…おぼこくて」
「元からだろ」
「あはは、それもそうだね」
「何話してるの?」
「ヤーリェの寝顔は可愛いなって話」
「み、見てたの?」
「ああ。バッチリな」
「むぅ…」
怒ったような恥ずかしいような、そんな顔をする。
そして、少し機嫌が悪そうにバタバタと尻尾を振る。
「"日の御子"ヤーリェ。そんな顔してると、ヤンリォが哀しむぞ」
「でも…」
「はい、笑顔笑顔。ヤーリェは、笑顔が一番素敵だと思うよ」
ヤーリェの頬を揉んで、笑った顔にさせる。
「えへへ」
「そうそう」
ユカラに撫でられ、尻尾もパタパタとご機嫌さん。
身体全体で感情を表す天才だな、ヤーリェは。
「あぁっ!ヤーリェだけズルい!わたしも!」
「はいはい…」
「ん~」
響の相手もして。
いや、響だけじゃなく、ワラワラと他の子も集まってきた。
「こら、遅れてるぞ」
「ほら。こっちの美希お姉ちゃんも撫でてくれるよ~」
「えぇっ!?」
「みきねぇも?」「大好き~」
「お、おい。歩きにくいって!」
「えへへ」
困ったような顔をしてても、やっぱり嬉しそう。
純粋な子供だからこそ、純粋に接することが出来る。
美希とユカラ。
二人の笑顔は、きっと、心からの笑顔。
ルウェとヤーリェとは、市場の真ん中あたりで別れて。
そして、向こうの山に太陽が沈むかどうかというところで城に到着。
広場に入ってすぐに、セトがなりふり構わず風華に飛びついてきて。
「グルル…」
「痛いよ、セト」
「ウゥ…」
「うん」
「ゥルル…」
「何もなかったよ。みんなで無事に帰ってきた」
「ただいま、セト」「ただいま~」
「オォン」
チビたちはセトに群がって、無事の帰宅を告げる。
セトも、それに応える。
「あ、みなさん。お帰りなさい」
「ただいま」「ただいま帰りました」「ただいま~」
「先にお風呂にしますよね?」
「そうだな」
「沸いてますんで、どうぞ」
「ああ。ありがとう」
「いえ。では、失礼します」
軽く敬礼をして、城へ戻っていった。
「さあ、夕飯の前に風呂だ」
「お風呂~」「えぇ~」「お腹空いた」
「ほら、競争だ。一番最初に着いた人は、衛士長と一緒に入れるぞ!」
「えぇっ!?」
「よーい、ドン!」
「わぁー」「かけっこだ~」
「待て、こら!」
なんでまた私なんだ!
さ、桜はどうしよう…。
あぁもう!
頭からお湯を掛けてやる。
「ん~」
「気持ち良いか?」
「うん!」
「うぅ…。私の葛葉…」
「美希お姉ちゃん、背中、流してあげるね」
「ああ…。ありがと…」
意外にも、一番だったのは葛葉だった。
…まあ、四本足で走れば、そりゃ速いだろうけど。
本物の狐のように、城の中を疾走していった。
「ねーねー。葛葉も、せなか、流してあげる!」
「ああ。よろしく」
「葛葉ぁ…」
「美希はダメ」
「うぅ…」
「美希には望がいるだろ」
「そうだな…。ありがと、望」
「えへへ。どういたしまして」
「ゴシゴシ」
葛葉は一所懸命に背中を洗ってくれて。
美希には悪いけど、自分が作った規則なんだからな。
「せなか流して、きれいになりましょ」
「お風呂の歌か?」
「うん!」
「私も知ってるよ。葛葉に教えてもらったから」
「へぇ~。葛葉が作ったのか?」
「そうみたい」
「しっぽ、しっぽ。先まできれいに」
背中からいつの間にか尻尾に。
すごく丁寧に洗ってくれている。
「お水を流して、できあがり~」
「ふふふ。ありがとう、葛葉」
「えへへ」
ギュッと抱き締めてやる。
すると、葛葉は嬉しそうに笑ってくれた。
「よし。最後に、湯船に浸かっておこうか」
「うん!」
ペタペタと歩いていき、ゆっくり慎重に入る様子がまた可愛くて。
「はにゃ~…。可愛いなぁ…」
「美希。涎、垂れてるぞ」
「えぇっ!?」
「ふふ、嘘だよ」
「い、紅葉!」
平和な時間が、ゆっくりと流れてゆく。
そういえば、結局桜は私の部屋に置いてきたけど…。
まあ、夕飯の匂いを嗅ぎ付けて起きてくるよな…?
桜は食い意地が張ってるので、きっと起きてくるでしょうね。