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昼ごはんが終わって、再び自由時間。
また森へ探検に出掛ける子もいれば、広場で昼寝をする子もいた。
午前と変わり、美希とユカラが見回りをして、風華と私が広場に残っている。
…結局、私は残るのか。
「ふぁ…あふぅ…」
「葛葉、眠たいの?」
「うん…」
「それじゃ、ゆっくり寝ると良いんだぞ」
「うん…」
葛葉はそのまま横になり、クルリと丸くなって眠る。
ルウェは、葛葉の頭を優しく撫でて。
「ふふ、葛葉のお兄ちゃんみたいだね」
「………。そうだな」
「……?どうしたの?」
「ルウェが男に見えるのかな…って思って」
「え?」
「ルウェは女の子だぞ。外見も喋り方も、たしかに男の子っぽいけど」
「えぇっ!?嘘っ!?」
「ルウェ。ちょっとこっちに来てくれ」
「うん」
トテトテと少し駆け足。
私の前まで来ると、少し首を傾げる。
「どうしたの?」
「ここに来い」
膝を叩くと、嬉しそうに座ってくる。
手を回してそっと抱き締めると、とびきりの笑顔を見せてくれて。
「えへへ」
「ルウェは、どこに住んでるんだ?」
「おばちゃんの家に、お姉ちゃんと一緒に住んでるんだぞ」
「おばちゃん?」
「うん。優しいおばちゃん」
「ほぅ」
「狼の姉さまは、どこに住んでるんだ?」
「オレは、城に住んでる。風華もな」
「城って、市場の向こうにある、あのお城?」
「ああ」
「じゃあじゃあ、狼の姉さまは衛士なのか?」
「ああ」
「もしかして、姉さまも?」
「そうだよ」
「へぇ~。すごいんだな!」
「ルウェも、衛士になりたいか?」
「自分もなれるのか?」
「ああ。なりたい人は誰でもなれる。大事なのは心だ」
「心…」
「とにかく衛士になりたい。ユールオが好き。この国…ルクレィを守りたい。何であれ、強い心があれば出来ないことはないんだ」
「うん」
「ルウェも、強い心を持ってくれるか?」
「うん!」
「よしよし」
「えへへ」
頭を軽く叩いてやると、ニコリと笑ってくれて。
「あ、そうそう。ルウェって、男の子と間違われたりしないのか?」
「うん…。よく間違われるんだぞ…」
少し哀しそうに俯くルウェ。
風華を見てみると、決まりが悪そうな顔をしていた。
「もうちょっと髪を伸ばして、女の子っぽい服装をしてみたらどうだ?」
「女の子っぽい服装?」
「葛葉が着てるみたいなのとか」
「でも、あんな服、持ってないんだぞ…」
「そういえば、ヤーリェもこんなかんじだったよね」
「うん」
ヤーリェは望とどこかに行ったな。
思い返してみれば、たしかに男の子っぽい服装だった気がする。
あまり意識してなかったけど。
「桜に言ったら仕立ててくれるかな」
「うん。いくらでも仕立ててあげるよ」
「えぇっ!?さ、桜!?」
「もう!灯に聞いて、初めて知ったんだよ?なんで、ボクも連れていってくれないのさ!」
「だって…ユカラが、何をしても起きなかったって言ったから…」
「昨日、言ってくれたら起きたよ!」
「ごめんって…」
…言わなくても、朝はちゃんと起きるのが普通だと思うけど。
「猫の姉さまは、寝坊助なのか?」
「ああ。相当な寝坊助だな」
「いろはねぇ!」
「朝、ちゃんと起きないと、ヤンリォに怒られるんだぞ」
「…ヤンリォ?」
「"日の神"ヤンリォ。"月の神"ルィムナの兄だ」
「神様?」
「ああ。知らないか?」
「宗教は興味ないの」
「宗教じゃない。北の国の伝承だ」
「どう違うの?」
「宗教は、人々が信じて初めて成り立つ話。伝承は、実際にあった話だ」
「どういうこと?」
「ヤンリォとルィムナは本当にいたってことでしょ」
「えぇっ!?」
「ああ。まあ、本当に神様というわけじゃなくて、英雄だったりするらしいんだけどな」
「へぇ~」
「でも、あらゆるものに神様が宿っているという考えは、正しいと思う」
「そんな考え方なの?」
「うん!この草にも、地面にも、空気にも、みんなにも。神様が宿ってるんだぞ!」
「みんなにも宿ってるって?」
「桜なら"大地の神"クノが宿っている。"豊作の報せ"クルクスが護獣だろうな」
「クルクス?」
「ああ。黒龍だ」
「へぇ~」
「クルクスは"災厄"とされることもあるけど、それは"確認の時"。災厄を通して、改めて繋がりを確かめさせる…という役割だ」
「狼の姉さま、お姉ちゃんよりよく知ってるんだぞ!」
「好きだからな。こういうことは。昔、勉強したんだよ」
「じゃあ、私は?」
「風華は…"水の神"ルクエンだろうな。護獣は"恵みの雨"ユヌト」
「ユヌトは、白い狼なんだぞ!」
「白い狼かぁ。明日香かな」
「ふふ、そうかもな」
…本当に、ルクエンの遣いだったりして。
「ルクエン…ユヌト…」
「どうした、桜?」
「聞いたことあるな…って思って」
「あ、そういえば…」
「さあ、何なんだろうな」
「姉ちゃん、知ってるの?」
「まあな」
「自分も知ってるんだぞ!」
「えぇ~…。何かな…」
二人は、うんうん唸りながら記憶を手繰ってゆく。
それが面白いらしく、ルウェは笑いをこらえきれないみたいだった。
「ルクエン…。うーん…」
「あっ!」
「え?分かったの?」
「ルクレィ!」
「あぁっ!」
「正解だ。じゃあ、ユヌトは?」
「ユ…ユ、ユールオ?」
「惜しいが違う」
「あっ。もしかして、ヤゥト?」
「当たり!ルクレィとヤゥトは、ルクエンとユヌトから来てるんだぞ!」
「へぇ~」
「あ、そういえば、村長から白き獣の昔話を聞いたことあるよ」
「え?いつ?」
「ずっと前。そのとき、桜はずっと寝てたなぁ」
「やっぱり、猫の姉さまは寝坊助なんだぞ!」
「うぅ…。風華、余計なことは思い出さないでよ…」
「ふふ、残念。記憶力は良い方なんだから」
「むぅ…」
ルクエンとユヌトは、逆に、ルクレィとヤゥトから来たのではないかと言われるくらい、親密な関係だったらしい。
理由はよく分からないんだけど。
北の国の白き獣伝説も、この辺が舞台になっている。
…こうやって、調べれば調べるほど新しい関係が見えてくる。
それが面白いところ、私がのめり込んだところだ。