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一度、大きく笛を吹いた。
ぐっすり眠っていた光と葛葉は、何事かと驚いて辺りを見回している。
「よーし。みんなが来る前に、昼ごはんの準備をしておこうか」
「お昼ごはん!」
「ヤーリェ、そこの布を取ってくれ」
「分かった」
「葛葉は~?」
「はい。布」
「葛葉、ルウェ。そっちの端をしっかり持って。光とヤーリェはここ。ユカラはそこ」
「どうするの?」
「よし、後ろに下がって」
「うん」
みんなでゆっくり下がっていくと、布が大きく広がる。
ある程度広げたところで
「離さないように、しっかり掴んでおけよ」
「うん」「何するの?」
ユカラに合図を送り、大きく上へ膨らませる。
「わぁ~」「すごーい!」
「そのまま下ろして」
「ゆっくりね」
フワリと地面に。
葛葉は我慢しきれず、上に飛び乗る。
「フカフカ~」
「あっ!葛葉、ずるい!」
「こらっ!まだ離さないの!」
葛葉とルウェが端を離したことで、布に皺が寄る。
でも、そんなことは気にしない。
転げ回ったり、足をバタバタさせてみたり。
「もーっ!暴れないの!」
「えへへ」
「ほら、弁当広げて」
「はぁい」
美希が作った弁当は、本当に美味しそうで。
…稲荷寿司がちょっと多いようにも思うけど。
色彩豊かな料理が並んでいた。
「美味しそ~」
「まだ食べるなよ」
「わ、分かってるもん…」
「はやく、みんな来ないかな」
ヤーリェと葛葉は、とても待ちきれないといった様子で。
箸を持って、まだかまだかと周りをキョロキョロ見回してている。
でも、そんな心配をしなくても、お腹を空かせた子供たちはすぐにやってきて。
…さあ、楽しい遠足の昼ごはんの始まりだ。
大きく分けて三つ。
ひとつは、ゆったりおっとり食べる派。
響や光、葛葉、ルウェ、哲也がこの派閥。
ただし、葛葉はゆっくりでも確実に。
特に稲荷はほとんど一人で食べてしまった。
「美味しいね」
「この卵焼き、甘くて、美味しいよ」
「うん!すっごく甘いんだぞ!」
「あぶらげ、おいしい~」
「葛葉、おいなりさまばっかりたべてるね」
次に、食事は戦争派。
望やヤーリェ、多くのチビがこの派閥。
「それ、望のだよ!」
「ぼくが取ったんだもん。ぼくのだよ!」
「あぁっ!落とした!」
「落ちても食べられるもんね」
「えぇ~。汚くない?」
「食べ物は、粗末にしちゃダメなんだよ」
…それはそうだけど。
腹痛の子が増えるのは勘弁願いたい。
そして、最後はとにかく忙しい派。
風華とユカラがここに入る。
「うぅ…こぼした…」
「あっ!舐めないの!これで拭きなさい!」
「返せ~!」
「もう食べちゃったもんね~」
「うぅーっ!」
「こらっ!喧嘩しないの!喧嘩するなら取り上げるよ!」
「ふうかねぇ!裕太が喉に詰めた!」
「あぁもう!急いで食べるからでしょ!」
…大変だな。
私も加わるべきなんだろうか。
カボチャの煮物を頬張りながら、そんな他人事。
もうひとつ付け加えるなら、私と美希のような傍観者派だな。
「賑やかだ」
「ああ。独りでは味わえないだろ」
「そうだな。こんな楽しい昼ごはんはいつ以来だろ。望と響がいた頃も賑やかだったな…」
「そういえば、二人と一緒に旅をしてたんだったな」
「うん。ほんの短い間だったけど」
「美希は、なんで旅をしてたんだ?」
「だから、死に場所を…」
「それだけじゃないんだろ?」
「………」
美希は箸を止めて、少し考えるように俯く。
そして、決心したように顔を上げ
「笑うなよ…?」
「ああ」
「昔に見た、銀色の狼を探してたんだ」
「昔?」
「私が三歳か四歳の頃だから…十三年くらい前だな。森の中で見たんだ。銀色の狼を。その頃の記憶は全くなくなってるのに、それだけは覚えてる」
「ふぅん…」
「狼は、近付くと逃げてしまったんだけど、それから週に一回は夢に見るようになった。ジッとこっちを見て、誘うように尻尾をユラユラとさせてるんだ。そして気が付いたら、旅に出てた」
「そうか」
「うん。親がいなかったのも助けたのかな。旅へ出るのに抵抗はなかった」
「親がいなかった?」
「戦。村ごと焼き払われたんだ。そのとき、親も死んだって聞かされた。寺の和尚に」
「………」
寺が孤児を迎え入れるのは珍しくない。
子供で溢れ返ってる、なんとも賑やかな寺があるという噂が流れるくらいだ。
「最近は毎日、狼の夢を見てた。ユールオに近付くにつれ、夢の中の狼は喜んでいるようだった。そして一昨日だ。城に留まろうかどうか考えてたとき、いつの間にか眠ってたらしく、また銀色の狼が目の前にいた。狼は、楽しそうに跳ね回っていた。…あぁ、私が求めている場所はここなんだなって分かった」
「…そっか」
「私は感謝してるよ。ここへ案内してくれた狼に」
「うん」
「…ありがと、紅葉お姉ちゃん」
「…え?わ、私?」
「ふふふ」
美希はそれ以上はもう何も言わず、ごはんを食べていた。
…なんで私なんだろ。
たしかに、銀狼ではあるけど…。
うーん…。