64
「ルウェ、大丈夫?」
「うん…。ちょっとマシになったんだぞ…」
「良かったぁ」
ホッと胸を撫で下ろす女の子。
…広場に着いて、適当な切株にルウェを座らせて様子を見ていた。
一番酷いときと比べると、顔色もだいぶ良くなったかな。
「うえぇ…。やっぱり苦いんだぞ…」
「野草は食べちゃダメって、いつも言ってるでしょ?」
「だって…」
「だってじゃないの!」
「うぅ…」
「ヤーリェって、ルウェのお姉ちゃんみたいだね」
「え…あ…お、お姉ちゃん…。ぼ、ぼくが…」
「うん。お姉ちゃんは、自分のお姉ちゃんなんだぞ」
「ル、ルウェ」
改めてお姉ちゃんだと意識させられて、嬉しいような恥ずかしいような、そんな少しぎこちない笑みを見せる。
耳と尻尾がせわしなく動いているのが可愛くて。
それにしても、本当にヤーリェとはな。
"月"と"太陽"か。
良い組み合わせだ。
「うーん…。これ、いつまで噛んでれば良いの?」
「さあな。でも、いちおう風華が戻ってくるまで噛んでおけ」
「はぁ…。姉さま、早く戻ってこないかな…」
まだ大量に残っている薬草を見て、ため息をつく。
…自業自得とはいえ、少し可哀想かな。
手近にあった野草を一握りほど摘んで、ルウェに渡す。
「これと一緒に噛んでみろ」
「何、これ?」
「名前は知らないけどな。不思議な草だ」
「ふぅん…」
匂いを嗅いで、確かめるようにペロリと舐める。
「甘い!」
「え?ホント?」
「お姉ちゃんと望も、食べてみて!」
「う、うん」
二人はルウェから草を受け取り、口に含む。
「……?」「甘くはないね…」
「ふふふ。それは、苦味を甘味に変える草。苦味がなければ、ただの草だ」
「えぇ~…」「なぁんだ…」
「じゃあ、苦い草、食べるか?」
「「それは嫌」」
「えぇ~…」
「ふふふ。結局、苦い思いをしたのはルウェだけだったな」
「むぅ…」
でも、苦味が甘味に変わる不思議な体験をしたのもルウェだけだ。
その点では得をしたのかもな。
何が良かった、あるいは、悪かったかなんて、捉え方次第だ。
ルウェは、毒草を食べて腹を壊し、苦い薬草を食べる羽目になったが、そのお陰で、なかなか味わえない体験をすることが出来た。
それに、下手に野草に手を出してはいけないことも学べた。
「ん~。甘い~」
「でも、本当は苦いんだからね」
「えへへ」
そういった経験が、今後のルウェのためになるんだろう。
気付かないうちに、みんな、こうやって成長していくんだな。
説明が終わり、二班ともほとんど同時に広場へ着いた。
「よーし。さっきの場所はちゃんと覚えてるな?」
「うん」「覚えてる~」
「そこには絶対に行かないこと。約束出来るか?」
「は~い」「出来る」
「じゃあ、今から自由時間だ。昼ごはんとか、緊急のときは、この笛を鳴らす。聴こえたらすぐに集合すること。来なかったら、探しにいくことになるから。分かったか?」
「分かった~」「うん!」
「何か危ない状況になったら、さっき渡した笛をすぐに吹くこと。みんな、持ってるな?」
「これ?」「持ってるよ」
「よし。あぁ、それと、お腹が空いたからといって、その辺の草とか木の実とかは食べるなよ。ちゃんとごはんは用意してあるから。じゃあ、解散!」
美希の号令と共に、子供たちはそれぞれ思い思いの方向へ散っていった。
みんな、しっかり楽しんでこいよ。
美希と風華は見回りに。
広場にいるのは、ルウェとヤーリェ。
日向ぼっこを始めた光と葛葉。
あと、私とユカラ。
ユカラは、ポカポカと暖かそうに眠る光と葛葉の横に寝転んで、ジッと空を見ている。
「いつも思うんだ」
「何を?」
「あたしは誰なんだろって」
「ユカラはユカラだろ。他に何があるんだ」
「分からない。でも、ずっと遠くの方に、あたしと違うあたしがいるような気がして」
手を上に伸ばし、何もない空中から青龍刀を取り出す。
「こんな能力のない、普通の女の子としての」
クルリと回すと、青龍刀は跡形もなく消えてしまう。
そのあとも、身体を起こして、武器を出しては消しを繰り返して。
たしかに、不思議な能力だ。
でも…
「その能力の有無に関わらず、ユカラはユカラだ。普通の女の子」
「うん。ありがと」
ニコリと笑ってみせるが、やっぱりどこか哀しげで。
「あたしの身体から、たくさんの術式の波長が感じられるんだって。響が言ってたんだけど。転移、探知、召致、再生…」
術式。
風華も使っていた、あの力か。
あれは何なんだ?
雨を降らせたり、傷を治したり…。
「同時にたくさんの術式を維持するには、相当な力がいるんだって。響が全く無駄な術式は取り除いてくれたみたいだけど。でも、この"召致"みたいな大きな術式は、均衡が崩れるからダメだって言ってた」
「ふぅん…」
「あたしにも分からないけど。そういうことなんだって」
四分の一も理解出来たとは思えない。
そもそも術式という力のことも、にわかに信じがたいと思っているくらいなのに、それ以上のことを理解するのは大変に難しい。
「桜には裁縫を教えてもらってるし、風華には医道を。ここに来てから、みんなにいろんなことを教えてもらってる」
「………」
でも、今は理解うんぬんの話じゃない。
それ以前に、術式なんて全く関係のないことだ。
「けどね、あたし、思うんだ。人形が人間の真似事をしてるだけなんじゃないかって。実験のために作られた人形が、たまたま偶然幸せを手に入れて。人間になったつもりで、必死に幸せにすがってる」
「………」
「人形のあたしには、分不相応の幸せなのかな。あたしがあたしじゃなくて、別の誰かだったなら、この幸せに甘えても良かったのかな…」
「ユカラ」
「姉ちゃん…。あたし…怖いよ…。この幸せは、別の誰かの幸せだったの…?あたしは、それを奪っちゃったの…?」
「ユカラ」
いつの間にかユカラの頬を伝っていた涙を拭いてやり、そっと抱き締める。
「ユカラの幸せはユカラのものだ。誰のものでもない。それに、ユカラは人形なんかじゃない。誰それに作られたとか、どういう目的で以て生まれたとか。そんなことは問題にならない。こうやって、今を生きている。それだけで良いんじゃないのか?」
「………」
「そうやって考え、傷付き、涙を流すやつが人形なのか?こんなにも温かいのに人形なのか?…私の可愛い妹のユカラは、人形だったのか?」
「姉ちゃぁん…」
「不安になったら独りで考え込むな。私がいる。桜も風華もいる。たくさんの家族がいる」
「うっ…うぅ…」
「みんな、ユカラのことを想ってくれてるから、な?」
「うん…うん…」
泣き虫ユカラは、また泣いた。
その涙は、やっぱり温かいもので。