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「よし、これで…終わりだな」
「私も終わったよ。お姉ちゃんは?」
「ん?ずっと前に終わってたけど」
「終わったんだったら言ってよ!私の分もやってほしかったのに…」
「灯の分が一番少ないだろ。単に書くのが遅いだけなんじゃないのか?」
「だから、余計に手伝ってほしいんでしょ!」
「それもそうだな。今度からはそうしよう」
「今度じゃ遅いの!」
「くっ…ふふふ」
「美希!何がおかしいのよ!」
「ふふ、なんか本当の姉妹みたいでな」
私は灯と顔を見合わせて、示し合わすように笑う。
「そりゃ、本当の姉妹なんだから」
「え…?でも、銀狼と白狼…」
「血は繋がってないよ。けど、血が繋がってないと兄弟姉妹とは言えない…なんてことはないでしょ?私は、お互いに認め合ってるかどうかが決め手だと思うな」
「風華も私のことを姉ちゃんと呼んでくれている。チビたちに至ってはお母さんだ。私も、言葉に出すことはないけど、弟や妹、子供として、大切に想っている」
「照れくさいのか、お姉ちゃんは滅多に口に出すことはないんだけど、兄や姉として慕ってる人もいるんだよ~」
「余計なことを言うな!」
「いったぁ~」
一発どついてやる。
灯はホント、余計なことばかり言うよな…。
…そんな様子を、美希は羨ましそうに見ている。
「ふふふ。だから、美希もオレの可愛い妹だ」
「私にとっては、お姉ちゃんかなぁ」
「………」
「どうした?」
「あ…うん…。ホントに嬉しくて…」
「そうか」
「ごめん…涙が…」
「謝ることはない。今まで泣けなかった分、これからたっぷり泣くといい」
「そうそう。お姉ちゃん、胸はないけど、いつでも貸してくれるからさ」
「だから、余計なことを言うな!」
「ふふん。羨ましいんでしょ~」
「なっ!バカなことを!」
豊満な胸…私にとっては豊満な胸を、これみよがしに見せつけてくる。
そして
「むふふ~、美希も結構あるよね。私と同じくらい?」
「きゃっ!さ、触るな!」
「いったぁ~!」
ふん。
自業自得だ。
灯は美希に思いっきり殴られた頭をさすって。
「確実に、たんこぶ出来たよ…」
「い、いきなり胸に触るやつが悪い!」
「そうだな」
「うぅ…」
座り込んで唸っているけど、反省してるのだろうか。
「でも、お姉ちゃんみたいな喋り方してても、やっぱり"きゃっ"なんて悲鳴、上げるんだね」
「いいだろ!別に…」
「我が姉ながら、可愛いね!」
「か、可愛い…」
少し頬を赤らめる。
外面には出すまいと必死のようだが、尻尾がせわしなく動いてしまっている。
「あぁ、もう!」
「あぁっ!ずるい~!私も!」
「二人ともやめろ…!く、苦しい…!」
美希は嬉しそうだった。
今のこの状況では分からないけど。
でも、長い一人旅を終えて根を張ったこの地で、ようやく手に入れた家族。
それは、確かに美希を良い方向へ導いているのだろう。
どことなく曇っていた表情も、今はすっかり消え失せ。
「ははっ、やめろ、くすぐったいって!」
「やっ!」
「ひゃぅ!あ、灯!触るなって言っただろ!」
「いったぁ~!同じところ、殴らないでよ!」
「触るお前が悪いんだ!」
「くっ…ふふふ」
「ふふ、あはははは」
綺麗に晴れ渡っていた。
さて、このときが来た。
昨日は、良いところを見せようとして惨敗に終わった二人だが、今日はどういった作戦を見せてくれるのだろうか。
「お母さん、もう食べていい?」
「ダメ。もうちょっと待ってなさい」
「うぅ…」
美希の膝の上に座り、目の前に並べられる料理をジッと見詰める葛葉。
…料理や皿を通り越して、机にまで穴が空くんでなかろうか。
「はい、これで最後ですよ」
「ありがとうございます。じゃあ葛葉。手を合わせて」
「うん!」
パチンと大きな音を響かせて。
「いただきます」
「いただきま~す!」
そして、箸を取って食べ始める。
「私の分も食べてくれて良いんだぞ」
「うん!」
「ふふふ。ほら、あーんして」
「あーん」
この二人は、今日昨日の関係とは思えないほど仲が良いな。
不思議なものだ。
「いろはねぇは、ボクたちにはくれないの?」
「ああ。一切やらん」
「むぅ…。ケチ」
「ケチで結構。それで、望は?」
「向こうで食べてるよ。かぐやねぇに、伝令の心得を聞かされてるみたい」
「桜への説明でもあるんじゃないのか?」
唐揚げを盗られた仕返しに、鮭の塩焼を盗ってやる。
「そんなの面倒くさいよ。心得って、結局普通のことしか言わないじゃない」
「でも、心得という形で留めておくことで、常に意識して行動出来るだろ?旅人の心得もそうだ。ごく当たり前のことばかりだけど、それをただ当たり前のこととして思っているだけよりも、心得として残しておく方が、意識する度合いが違うだろう」
「美希~!早く~!」
「分かった分かった」
「葛葉。あんまり美希に甘えちゃダメ」
「むぅ…」
風華に咎められ、シュンとする葛葉。
「葛葉。これ、食べるか?」
「うん!」
でも、やっぱりごはんの力には抗えないようだ。
さっきの様子はどこへやら。
また美希にベッタリ甘えている。
「じゃあさ、当たり前のことをきちんと意識出来たらいいの?」
「出来るか?」
「出来…ないかも…」
「心得の大切さ、分かったか?」
「分かったけど…でも、やっぱり納得出来ない…」
「まあいいじゃないか。そのうち分かるときが来るかもしれない」
「うん…」
「ほら、行ってこい。お姉ちゃんなんだから。望に負けてられないぞ」
「うん…そうだね。ありがと、いろはねぇ、美希」
「ああ」「ん?」
そして、桜は私のご飯を茶碗ごと持っていってしまった。
…まあいいか。
少し成長したお祝いだ。
それを食べて、もっと成長してくれたら嬉しいんだけどな。