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部屋に戻ると、何かお香のような匂いが充満していた。
「誰か…いるのか?」
「………」
気配はするけど、部屋中の匂いが邪魔をして、その誰かの匂いがよく分からない。
「姉ちゃん…」
「え…?」
誰がいるのか見定めようとしていると、不意にその誰かが声を掛けてきた。
「やっぱり、見えてないんだね…」
「風華?」
「行商のおばあさんに聞いたことがあるの…。月光病って…」
月光病…。
私はそんな名前は聞いたことはない。
でも、この病気に違いないだろう。
…月の光には不思議な力があるらしい。
普通の人には、それに対抗する力が備わってるらしいが、なんらかの要因で、その力が失われることがある。
すると、月の力に耐えられなくなり、身体のどこかに異常をきたす。
私の場合、目だ。
太陽が沈んで、月が空を渡る間、私は目が見えなくなる。
その印として、瞳の色が赤くなるというわけだ。
「ねぇ、昔からっていつからなの?ずっと?ずっと、月を見てないの?」
「………」
「ねぇ、答えてよ…!」
「…ずっとだ。生まれてこの方、月を見たことがない」
息を呑む声がした。
「そんな…姉ちゃん…」
「心配するな。もう…諦めはついてる」
「諦めちゃダメ!…諦めたら、本当にそこで終わり」
「でも…」
「先天性の月光病は一生治らないって聞いた。でも、それは今までの話。これから、新しい治療法が見つかるかもしれない…ううん、見つけるの。私が」
「風華が…?」
「絶対、見つけるから!私…絶対に!」
空気が動く感触。
そして、風華の温もり。
「待っててね…姉ちゃん…」
「…ああ」
風華は、強く、強く、抱きしめた。
しばらくして、ふと気付いた。
「この匂い、お香か?」
「あ…そうだった…」
風華が何かごそごそすると、匂いはいっぺんに消えてしまった。
「疾風の術式にデガナの匂いを乗せて、部屋に入ってきた人に纏わりつくようにしておいたの」
「疾風の術式…?」
「あぁ…。昔、変な書簡を拾ったの。そこに、術式って不思議な力のことが書いてあったんだ」
「ふぅん…」
術式?
なんだろう…。
最初、火を消したときも使ってたんだろうか…?
とにかく、本当に不思議な力らしい。
「デガナ、いる?」
「ああ、貰おうか」
「じゃあ…はい。半分こね」
手に重さを感じる。
…ちょっと、半分より多いんじゃないのか?
「美味しい~」
「でも、デガナなんてどこから持ってきたんだ?」
「厨房の人に貰ったの。余ったから食べないかって」
「そうか」
「まあ、今なら、私の村でいくらでも取れるんだけどね。夕食のために、空姉ちゃんが持ってきてくれたんでしょ」
「いくらでも取れるのか?」
「うん。ちょうど収穫期だしね」
「ほぅ…」
ずっと衛士をしてたから、その辺のことについては疎い…。
これから、風華にいろいろ教わらないといけないみたいだな。
「あ、そうだ。私の部屋、まだ決まってないんだ。ここで一緒にいていい?」
「え?医療室じゃなかったのか?」
「そんなわけないでしょ!まあ、ほとんど私室化しちゃってるのは確かだけど…。でも、いくらなんでも、あそこで寝泊りなんか出来ないよ」
「そうか?」
「あそこは怪我した人、病気の人のための部屋。こんなピンピンしてる私が、治療以外のときにいちゃダメなの」
「え…?医務班に入ったのか?」
「うん!」
「無理にどこかに所属しようなんて考えなくてもいいんだぞ?」
「そんなのダメ。みんな一所懸命働いてるのに、私だけのんびりしてられないよ。それに、桜も伝令班に入るみたいだし」
「…そんなこと聞いてないぞ」
「だって、今言うのが初めてだもん」
「ちょっとはオレに相談しろよ」
「相談したところで、さっきみたいなこと言うだけでしょ?それなら相談しても相談しなくても一緒じゃない」
昨日今日の付き合いなのに、もうそこまで分析されてるのか…。
なんか…不甲斐ない…。
「ううん。そうじゃないよ。なぜか分かったんだ」
「え…?」
「昨日、分かった。医療室に運んでもらったとき。ずっと昔から知ってるみたいな、懐かしいかんじがしたんだ」
「"記憶"か…」
「ん?」
「いや、別の世界の"記憶"が、唐突に流れ込んでくることがあるらしいんだ」
「ふぅん…別の世界…。じゃあ、私と姉ちゃんは、そのどこかの世界でも、こうやって仲良しだったのかな?」
「ああ。きっとな」
別の世界の"記憶"なんだ。
きっと…いや…絶対、別の世界の私と風華は、親密な関係なんだ。
…そう考えると、私も、何か懐かしいようなかんじに包まれた。
「よしっ!部屋も決まったし、もう寝ますか!」
「そうだな」
「あ、私の布団、どこに取りに行けばいい?」
「広間だけど…重たいし、誰かに取りに行かせようか?」
「ううん。いいよ。重い荷物には慣れっこだから」
「そうか?」
「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
と言って、走り去ってしまった。
…それじゃあ、えーっと、私の布団は…あれ?
いつもの場所にない…。
どこ…?
「よっと…」
「あ…風華…早かったな…」
「うん。医療室に運び込んでくれようとしてた衛士さんに会ったんだ」
「そうか…」
「って!ごめん!姉ちゃん!お昼に布団、干しちゃった!すぐに敷くね」
「あ…ごめん…ありがと」
「ううん。私が悪いんだから、そんな、お礼なんていいよ」
「…でも、ありがとう」
「うん」
そして、バサバサと布団を慌てて敷く音がした。
「はい、姉ちゃん。出来たよ」
「ああ」
「じゃあ、私は隣に寝ようかな」
「お好きにどうぞ」
「うん」
部屋の中ほどに敷かれた布団。
太陽の光を浴びて、ふかふかになっていた。
「ね、気持ちいいでしょ?」
「うん」
「私のところでは、五日に一回は干すんだ。気持ちいいしね」
「うん…」
「あと、万年床にしちゃダメだよ」
「分かった…」
「敷きにくいのは分かるけどね。でも、今日から私がいるんだから…」
遠い彼方で、風華が話しているのが聞こえた…。
太陽の匂い…温もり…。
久しぶりだな…。
話がなんとなく粗いのは気にしない。
別の世界のお話はブログで公開中です。
とか宣伝してみたり。
この戦国絵巻も公開していますよ~。