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厨房に行くと、朝にはいなかった本来の当番が暇そうにセトの頭を撫でていた。
「あっ!セト!」
「ゥウ…」
「こんにちは~。昼ごはんですかぁ?またいっぱいで来ましたねぇ」
「ああ。八人…だな。頼むよ」
「了解しました~」
「あと、風華。誰もいなかったんだから、別に良いじゃないか」
「でも!」
「そうですよ。僕が暇して外を眺めてるもんだから、来てくれたんですよ~」
「ゥルル…」
「ホントですか…?」
「ホントホント」
「はぁ…。仕方ないね…。でも、誰かが来たら、すぐに退散しなさいよ」
「オォン」
「ささ。座って座って。すぐ作りますからね~」
「望のは大盛りね!」
「葛葉も~」
「わたしたちは普通でいいかな」
「うん」
「はいはい。了解了解」
手際良く料理を作っていく。
灯や他のやつらとは違い、寛太の料理には芸術性を感じる。
食べてしまえば一緒なのかもしれないが、視覚でも味わえるというのは斬新だ。
…寛太以外の料理の見た目が不味いというわけではないんだけど。
「セト、セト~」
「葛葉、ごはんのときは呼んじゃダメ」
「でも、セト、さみしい顔してたよ?」
「…そうかもしれないけど、行儀が悪いからダメ。言えば分かる子なんだから。その代わり、あとでたくさん遊んであげてくれる?その寂しい顔が吹き飛ぶくらいに」
「うん!」
「ありがと。葛葉は良い子だね」
「えへへ」
寂しいと感じるのは、楽しい時間を知ってるから。
"楽しい"は"寂しい"を増幅させ、"寂しい"は"楽しい"を増幅させる。
どちらか一方だけを手に入れるのは無理だから。
だから、精一杯楽しむんだ。
寂しいときが少なくなるように。
だから、精一杯寂しがるんだ。
また来る楽しいときのために。
「はい、出来ましたよ~」
「わぁ、綺麗ですね!」
「いただきま~す」
「望お姉ちゃんは、もうちょっと見るべきだと思うんだ」
「…何を?」
「はい。わたしの、見せてあげる」
「……?」
「これ、なに?」
「葛の葉を真似て作ったお菓子ですよ」
「くずのは?」
「"の"を取ってみなよ」
「くず…のは」
「取れてないって…」
「く、ず…は。くずは…。葛葉!」
「はい、よく出来ました」
「本物はまた今度です。今は、これで我慢してくださいね」
「ん~、美味しい~」
見事なものだな。
こんなに手の込んだもの、いつから用意してたんだろうか。
「朝ですよ」
「え?」
「隊長、いつ用意したのかって聞きたそうな顔してました」
「そんな顔してたか?」
「はい」
「朝は挨拶も兼ねて、代わってもらったんだ」
「美希さんの旅人料理、本当に美味しかったです」
「自然の恵みだ。感謝するなら自然にな」
「それもそうですが、やはり素材を生かすのも殺すのも、料理人次第ですから」
「そ、そうかな…」
「はい」
その点に於いて、うちの調理班に抜かりはないな。
みんな、美味しい料理を作ってくれる。
…美希は、どの班に所属するのかな。
やっぱり調理班?
「それ、望のだよ~!」
「ぅむ?」
「葛葉。他の人のを盗らないの」
「…ごめんなさい」
「もういいよ。でも、次からは気を付けてね」
「うん」
優しく葛葉の頭を撫でる望。
短い間に、すっかりお姉ちゃんになってきたな。
「この赤いのは梅干しだよね…。あ、そのお肉、ちょっと頂戴」
「あっ!灯!」
「ふむ…。これは…猪かな…」
「うぅ…楽しみにしてたのに…」
「…オレのをやるから」
長い間見てきたけど、こっちは全然変わらないな。
変わらない良さもあるのかもしれないけど、やっぱりそこは変わるべきだろう。
研究熱心なのは良いけど、ろくに許可も取らずに盗っていくのはやめてほしい。
風華は医療室でユカラに講義。
灯と美希は自分たちの部屋へ。
チビたちは広場へセトと遊びに。
「楽しそうだな」
「犬千代も行ってきたらどうだ」
「いいよ、僕は」
私は自分の部屋で利家と外を眺めて。
「それにしても、良い眺めだな」
「ああ。私が一番好きな場所だ」
「…良い風だ」
「そうだな」
「………」
「………」
「紅葉」
「ん?」
「こ、これ…受け取ってくれないか?」
「え…?」
利家が懐から取り出したのは小さな刀。
…心の準備が出来ていなかったわけではない。
でも、あまりにも唐突だったので、一瞬、頭の中が真っ白になった。
「………」
「あ…ごめん…。いきなりすぎたよな…」
「待って」
慌てて直そうとする利家を止めて、小刀を取る。
そして、それを顔に近付けて頬を斬る仕草をする。
「紅き血は日の光。銀の刃は月の光。空を廻る二人がごとく。汝と結ばん。永久の契りを」
「紅き血は絆。銀の刃は心。我らを結ぶ固き契り。ここから刻まん。永久の時を」
利家が刀を受け取り、同じように頬を斬る仕草をする。
…昔は本当に斬ってたみたいだ。
二人が結ばれた証として。
「ありがとう、紅葉」
「うん。私も。ありがとう、利家」
空は澄み渡り、太陽が輝いていた。
うん。
なんかあれですね。