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「そういえば、この時間が戦のない未来に行ったとすれば、お前たちはもうここには来れないんじゃないのか?」
「どうなんやろね。うちにはよう分からんけど」
「そうか」
「でも、うちが帰ってくる、ここより未来のお母ちゃんは、みんなうちのこと知ってくれてるはずやから。うちとしては、あんまり変わらんのかもしれんなぁ」
「まあ、そうかもしれないな」
「時間旅行て、考え出したらキリないから。深く考えやん方がええんかもしれん」
「まったくだな…」
手拭いで顔を拭き、前で犬掻きをしているりるを捕まえて。
りるは、しばらく不思議そうにこっちを見てたけど、どうでもよくなったのか、手で水鉄砲を作って遊び始める。
「ぴゅー」
「上手いねぇ、りるは」
「毎日練習してる」
「そっか。偉いねぇ」
「別のことに力を入れてほしいものだけど…」
「ふふふ」
「ねぇ、柏葉」
「ん?どないしたん?」
「りるも、柏葉みたいに、お乳大きくなる?」
「どうかなぁ。うちは、ちっちゃくても好きやで」
「お母さん、全然お乳ないから、りるもお乳ない」
「いつの間に遺伝してるんだよ…」
「でも、うちかてお母ちゃんの子供やけど、結構大きいやろ?毎日、よう遊んで、よう食べて、よう寝てたら、ちゃんと背ぇも乳も大きなるから」
「ホント?」
「ホンマホンマ」
「ふぅん」
「…それで、実際はどうなんだ」
「せやねぇ。大きくもなく、小さくもなく。美乳かな」
「ほぅ…」
「羨ましい?」
「別に…」
「ふふふ。でも、大丈夫やて。子供生んだら、お乳も大きなるゆうやん」
「実際はどうなんだ」
「内緒。それゆうたらおもろないやろ?」
「今でも充分面白くないけどな…」
「そんなん言わんと」
「はぁ…」
まあ、柏葉を生んで、少しでも大きくなることを祈っておくしかないか…。
随分と気の長い話だけど…。
「お父ちゃんとはどうなん?上手くいってるん?」
「どうだろうな。好きは好きだけど、今は別居状態だからな」
「うちんときかてせやったみたいやで。今は一緒に城に住んでるけど、うちが生まれるまでは、お父ちゃんは下町で暮らして、働いてたって」
「ふぅん。あいつは何の仕事をしてるんだ?」
「昔からずっと、下町で何でも屋やってるよ。この時間ではどうなん?」
「何でも屋だ。しかし、二人も子供が出来たというのに…」
「結構お金は入ってきてるみたいよ。ツカサにぃと、翡翠にぃも、ずっとそれやし。まあ、戦になってからは、お父ちゃんは飛行機械の整備してるし、ツカサにぃと翡翠にぃは、昨日ゆうた通り、筆頭飛行士やし」
「ふぅん…」
「幸せやよ、うちは」
「そうか」
そう言ってニッコリと笑うと、柏葉は肩までお湯に浸かって。
りるも真似して潜水していたけど。
すぐに揚げると、不満そうに頬を膨らましていた。
部屋に戻ると、屋根縁には、いつもの二人に加えて秋華もいた。
三人で何か話してるみたいだけど。
そこにりるが走っていって、ツカサに飛び付いた。
「ツカサ!」
「いてて…。いきなり酷いな、りるは…」
「抱っこ!」
「もうしてるだろ…」
「あっ、師匠、柏葉さん!」
「お帰りー」
「ただいま。三人で何話してたん?」
「え?別に、普通に雑談かな」
「そっか」
「そういえば、柏葉って、紅葉の子供なんだって?」
「せやで」
「未来から、時間旅行をしてやってきたんですよねっ」
「うん」
「そっか。だから、あんな未来的な機関砲とか持ってたんだ」
「テルに無理ゆうて、あれだけは持ってきてもろてん。綾華と三十八式は、うちの生命にも等しいもんやからな」
「そんなに大切なものなんだ」
「うちの家族と一緒に、うちを支えてくれてるもんやから」
「そうなんだ」
「これがあるお陰で、今のうちがおる。今は、これ履いて空は飛べんけど…」
「えっ、故障してるのですか?」
「どっちかゆうたら、うちが故障してるんかもしれんな」
「どういうことですか?」
「この飛行機械の訓練中に事故におうて、足の骨が砕ける大怪我してん。そのせいか知らんけど、これ履いたら震えが止まらんようになってな」
「あぁ、後障害の一種か。でも、よく粉砕骨折から立ち直ったね」
「…ホンマは立ち直ってへんねんけどな。これは、テルの術で、健康なときの時間まで巻き戻してあんねん」
「えっ、じゃあ…」
「ホンマやったら、車椅子なかったら生活も出来んねん。ほら、結構腕太いやろ?」
「そうなんだ…」
「でも、テルのお陰で、こうやって元通りの生活が出来てる。もしかしたら、また空も飛べるかもしれん。ホンマ、有難い話やで」
「有難い話なものか」
夜闇に紛れて、一羽の鷹が舞い降りてくる。
不機嫌そうに翼をはためかせると、柏葉を睨み付けて。
「何度も言うが、お前には後がない。空を飛ばずとも、どこかで完治不能の怪我を負えば、それで終わりなんだぞ」
「わっ、鷹さんが喋りましたっ!」
「柏葉、この鷹がテル?」
「せやで。ホンマやったら、陽気でおもろい鷹やねんけど、なんやここに来てから、全然おもろなくなったな」
「………」
「テル。うちも、何回も言うようやけど、もう二度と空の飛べん人生やねんやったら、この足も要らん。車椅子で、新しい生活見つけるわ」
「柏葉は、そんなに空が好きなんだ」
「怪我するまでは、一生空で生きていく思てたくらいやからな」
「なんか、当たり前に空を飛んでる自分が恥ずかしいよ。こんなに空が好きなのに、飛ぶことが出来ない人がいたなんて」
「うちが空に拘りすぎてるだけやから、気にしやんでええで」
「それでも、だよ。…ね、テルさん。僕たちが空を飛んでいる以上に、柏葉は空を飛んでるんじゃないかな、今も」
「………」
「それにしても、こういう話を聞くと、価値観が変わるね」
「はいっ。私も、空を飛んでみたくなりましたっ!」
「それは価値観とは関係ないんじゃないかな…」
「そ、そうですか?」
「まあ、リカルお姉ちゃんが飛行機械を発明するまで待っとくことやな」
「えっ、リカルが飛行機械を発明するのですか?」
「うちの時間ではね」
「ほえぇ、すごいです、リカル…。尊敬しますっ!」
「あはは…。まだ、ちっちゃい子供だけどね…」
「なんだ、リカルがどうしたって?」
「あ、テスカ」
テスカが風呂から戻ってきたところで、いつの間にかテルがいなくなってるのに気が付いた。
どこに行ったんだろうか。
テルといい、カイトといい、銀太郎といい、鳥なのに平気で夜でも飛んでいくからな。
…まあ、気持ちは分からなくもないけど。
次に大怪我を負えば、今度こそ再起不能になる。
そうと分かっていて、大切な人を、また同じ危険に晒したくはない。
私だって、テルと同じ立場なら、柏葉を止めているかもしれない。
「やはり、リカルは天才だということだな」
「まあ、この時間が行き着く先でも、リカルお姉ちゃんが発明してるって保証はないけどな」
「リカルなら必ず出来る。絶対だ!」
「また姉バカが始まったよ…」
「姉バカとはなんだ、姉バカとは。可愛い妹の可能性を信じて何が悪い」
「悪かないけど…」
「ふふふ。ホンマ、おもろいわぁ」
でも、やっぱり、私もこの笑顔を見ていたいから。
空に舞う柏葉を見てみたいから。
…だから、私なら止めない。
私が生んだ娘だから、応援してやりたい。