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「飛行機械案としては、最初は龍の翼みたいな形のが考えられてたみたいやよ。ほんで、うちの時間でも、その形状で作ろう思て研究してるところも多いし」
「空を飛ぶための翼というもの自体が、翼のない者たちにとっての憧れなのかもしれないな」
「虎に翼とはよくいいますが、私は翼が欲しいとは思いません。地を走る者は地を走る者なりの、空を飛ぶ者は空を飛ぶ者なりの、それぞれに応じた身体の作りや運動能力が備わっています。それ以外の領分に手を出そうとすれば、必ず上手くいかない部分が出てくるはずです」
「なんや叱られてる気ぃするわぁ」
「いえ、そういうつもりでは…」
「分かってるけどね」
「でも、人間ってすごいよね。もともと陸で生きてたのに、海なら船、空ならこの飛行機械を使って、どこへだって行けるんだもん」
「人間の環境への適応能力は、あらゆる生物の中でも群を抜いて一番だろうな。それに、環境をそこそこ変える能力も持ち合わせている」
「そういう部分で、思い上がっている度合いも高いですが」
「ふむ。人間の傲慢さは、何を根拠としたものなのだろうな」
「ひとつは、高い知能のせいだとは思いますが。人間は、自分より下の者を探し、自己の地位を確立しようという傾向にあります。だから、まずは、言葉も話せないと思っている他の動物たちを絶好の標的とし、勝手に自己満足をする者も多いのは確かでしょう」
「ふん。動物たちの言葉を忘れたのは、人間の方なのにな」
「他の動物たちと意志疎通が取れないのは、本来は大変なことなのだが」
「はい」
まあ、いつの間に、人間は孤立していったのかは分からないけど。
人間は何か高尚な生き物だと勘違いして、他の動物を見下し、自ら自然の輪を突き放して、破壊さえしている者がいるのは確かだ。
「ほんで、なんで飛行機械の話から、そんな壮大な話になってるん?」
「えっ?あ、たぶん私のせいだ…」
「まあ、なんでもええけど」
「飛行機械の話、もっと聞かせてよ」
「せやなぁ。龍の翼みたいな飛行機械を作るにあたって、どうやって人間みたいな重たいもんを浮かせるかってのが、学者にとっての最大の難関やったみたいやな」
「そうなの?人間って重いんだ」
「鳥なんか見てみいな。セカムがゆうてたみたいに、空を飛ぶための身体してるやろ。人間の鳥の種族かて、他の種族に比べて骨も軽いし、翼を動かすための筋肉も発達してるし」
「龍は?」
「せや。鍵になるんが龍や。龍も翼を使って飛んでるんは確かやけど、使い方がちゃうらしいねん。龍は、飛ぶための力を得るために翼をつこてるんやなくて、飛ぶための力を受けるために、翼をつこてるんやて」
「どういうこと?」
「その研究は、今も為されています。龍は、術式等で作り出した風や推進力を翼で受け、それを上手く操ることで空を飛んでいるという調査報告が出ています」
「へぇ、そうなんですか」
「うん。せやから、それを真似れば、本来飛べん種族でも飛べるんやないかってことになって、研究されてるんやけど。でも、やっぱり龍の翼自体を真似ることは相当難しいらしいね」
「生物の進化というのは、我々の知るところを遥かに越えるものだからな。自然には敵わないと思える要因のひとつだ」
「せやね。ほんで、ユールオ研究所のリカル博士は、従来の龍翼型飛行機械の考え方とは全く違う形で、術式の力を飛ぶ力に変える方法を考えてんて」
「それが、この飛行機械というわけですか」
「うん。揚力はこっちの主翼で得て、推進力は後ろの術式機関から得る。まあ、どちらかと言えば、鳥の翼に近いんかもしれんな」
「空に浮かぶ力と、空を進む力を別々の場所で得るようにしたのですか。ひとつだった別のものを、また分解して考えるというのは、簡単なようで難しいですからね」
「せやなぁ。饅頭を皮と餡子で別々に考えるんは難しいしな」
「いや、皮と餡子で饅頭なのであって、皮と餡子が単体で揃ってても饅頭じゃないからな…」
「えっ?別ん話かな?」
「饅頭は、皮と餡子の二種類の素材が組み合わさってひとつの饅頭だけど、揚力と推進力は、二つ組み合わさっても鳥の翼にはならないからな。鳥の翼は、揚力と推進力を得る場所だけど、だからと言って、揚力と推進力が素材ではない。素材で言うなら、血、骨、肉、羽毛だし」
「ふぅん。まあ、とにかく、ひとつの翼で揚力と推進力を得ようとしてたんを、主翼で揚力、術式機関で推進力を、それぞれ別々に得ようとしたんは、すごい発想ゆうことやね」
「そうだな」
「でも、術式機関の推進力だけでも、訓練次第では、そのまま滞空してたりも出来んねんで。だから、それだけでも戦術の幅がすごい広がって。まあ、滞空中は揚力が得られんから、姿勢制御とかの技術はいるんやけど」
「へぇ。すごいね、飛行機械って」
「うん。空兵隊が一編隊出撃するだけで、戦局をひっくり返せるくらいやねんで」
「そうなんだ」
「まあ、飛行機械もせやけど、武器とか防御にも術式をふんだんに使ってるから、力を物凄い消耗するし、長期戦にはあんまり向いてへんねんけどな」
「そんなに使うの?」
「まあ、継続戦闘時間は長くて四半刻やな。戦闘のない哨戒任務くらいやったら、一晩中でも飛んでられるけど」
「でも、敵と会うこともあるでしょ?」
「うん。そういうときは、すぐに応援呼んで、予め術式を込めといた武器で応戦すんねん。先に込めてるから、撃ち切るまでは消耗せんし、なくなるまでには応援も来てるってこと」
「へぇ。よく考えられてるんだね」
「そりゃね。人の生命が懸かってるわけやし」
「うん…。そうだったね…」
頭を働かせなければ、生き残れない。
それは当たり前なのかもしれないけど、戦という局面では特に重要になる。
多くを守らなければならないから。
もちろん、そこには人の生命も含まれる。
何かを守るというのは、それほど単純なことではない。
「まあ、飛行機械の技術は、まだうちらだけのもんやし。戦が決着して平和になるんも、そう遠くない思うわ」
「そっか。早く終わるといいね」
「うん」
そうだな。
今はただ、柏葉の時間の戦が早く終わるように。
そして、この時間に戦が起こらないように。