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「へぇ、この方が師匠の…」

「オレ自身も、実感はないんだけどな」

「秋華姉ちゃん、相変わらず早起きやねぇ」

「と、歳上の方にお姉ちゃんと呼ばれると、なんだか変な気分です…」

「うちの時間では、秋華姉ちゃんの方が、ずっと歳上やけどね」

「そ、そうかもしれませんが…。あっ、そういえば、柏葉さんも朝が早いんですね」

「まあね。それに、うちは夜間巡回組に入れられる予定やったから、昼に寝て夜に起きる訓練もしてたし。起きたり寝たりする時間の調整すんのも得意やねん」

「そうなんですかぁ」

「あんまり無理はするなよ」

「分かってるて」


夜間巡回組だから、昨日もあの機関砲を暗い中で組み立ててみせたのか。

しかし、夜間巡回組というのは、どういった仕事なんだろうな。

夜勤組のようなものなんだろうけど…。


「夜間巡回のときは、探知増幅機ゆう特別な機械付けて飛ぶねんで。機械ゆうても、防護眼鏡とさして変わらんから、大層なもんでもないねんけどな」

「防護眼鏡…というと、リカルちゃんがたまに掛けてる、あの眼鏡のことでしょうか」

「どの眼鏡かは知らんけどね」

「まあ、身を守るものは必要だろうな」

「うん。せやゆうたかて、術式の盾もあるから、装備は最低限のもんだけやで。空飛ぶためには、身ぃ軽くしとかんと」

「ふぅん…。術式が大活躍してるんだな…」

「まあね。便利な力やから。…諸刃の剣やけど」

「そうだな…」

「でも、悪いことだけやないんやで。術式を利用する発明は、戦以外のところにも応用されてる。うちらの生活は、たぶん、この時間よりも便利になってると思うで」

「人の発展の裏には、いつも戦いがある…か」

「せやね」

「あ、あの、私には分からないですが、戦はやっぱりダメだと思います…」

「…そうだな」


戦なんて、ないのが一番なんだ。

それは確実に言えること。

血の流れない競争で成長出来るのなら、それは素晴らしいことだろう。

…しかし、人がその領域に到達出来る日は来るんだろうか。

いつか六兵衛が言ってたように、愚かな人間を見放した龍が、また私たちのところに帰ってきてくれるような日は。


「あぁっ!」

「えっ?どないしたん?」

「ち、遅刻してしまいますっ!」

「あぁ、道場行ってるんやっけ」

「は、はいっ!」

「毎朝大変やね。頑張ってね」

「ありがとうございますっ!では、行ってまいりますっ!」

「はい、行ってらっしゃい」


秋華はお辞儀をすると、いつものように走っていって。

柏葉は、それを懐かしむような目で見ていた。

…未来の秋華は、どんな風になっているんだろうか。

なんか、ずっとこの先も、全く変わらないような気がする。


「…秋華姉ちゃん見てたら、うちも真っ直ぐ生きやな思えんねん。芯が真っ直ぐ透き通ってるゆうか。この頃から、そうやってんね」

「そうだな。あいつは、どこまで行っても真っ直ぐだ」

「そっか。…まあ、まさかあの秋華姉ちゃんが、あんな可愛いチビっこやったとは思わんかったけどな。小さいこと気にしてたってのは聞いたことあるけど」

「へぇ…」

「ふむ。そう言われると、秋華がどう成長するのか楽しみだな」

「お前の時間では、秋華は二十代後半といったところか」

「せやね」

「まあ、敢えて、どんな風に成長してるのかは聞かないことにするよ…」

「そう?」


まさかあの、という言葉が出るということは、今からは考えられないくらい成長している可能性があるということだ。

気になるけど…これを聞くと、楽しみがなくなってしまうような気がしたからやめておく。

…と、どこからともなく、一羽の鷹が飛んできた。

テルだ。


「…柏葉」

「あ、テル。どこ行っとったん?」

「ちょっとな。それより、もうそろそろ…」

「もうちょい待ってて。お母ちゃんにも見せときたい」

「そうか…」

「何を見せるんだ」

「じき分かるから」

「………」


太陽が、山の向こうから昇ってくる。

テルはその光から目を背けるように、後ろを向いて。


「巻戻に限らず、時を操る妖術は、ある時期を迎えたり、一定の期間を過ぎると、また掛け直す必要が出てくる。そうだろう、テル」

「ああ…。巻戻なら、日の出と共に消滅する…」

「ということだ、紅葉」

「なんとなく分かってたよ」


見たかんじは、少し細くなった以外は何も変わらない柏葉の足だが、筋肉に全く力が入っておらず、膝を曲げることも出来ないようだった。

ただ力なく、棒切れのように横たわっていて。

…そして、柏葉の額には汗が浮かんでいて、おそらく、かなりの痛みを伴っているらしいということが分かる。

それでも、ぎこちない笑顔を無理矢理にでも作っていた。


「骨が粉々になってしもてな、もう今の技術では、これ以上修復することは出来んねんて。リカルお姉ちゃんが義足とか作ってくれてるらしいねんけど、それやったら飛行機械も履けんやろ?だから、テルに無理ゆうて」

「俺は、お前に空を飛んでほしくない!」

「何ゆうてんの。最初に、一緒に空飛びたいゆうてきたんはテルやろ?」

「それは、お前が怪我をする前だったから…。でも、お前には、もうあとがないんだ。俺の妖術で巻き戻した時間が壊れれば、もう取り返しはつかない…。今度こそ、二度とまともに歩くことすら出来なくなる…」

「そんなん、地上にいたかて一緒や。空にいても、地上にいても、壊れるときは壊れる。それやったら、うちは空を飛んで壊れたい。空で果てられるんやったら本望や」

「俺は、お前を失うのが怖いんだ…。今度こそ、お前は絶望の淵へ飛び降りるんじゃないかって…。あのときみたいに…」

「大丈夫。うちも強なってんねん。もう死のうなんて思わん」

「柏葉。お前、死のうとしてたのか」

「…ごめんね、お母ちゃん。お母ちゃんに貰った、大切な生命やのに」

「………」

「でも、あのときも、お母ちゃんは、おんなじ目ぇして怒ってくれた」

「…生命は限りあるものだ。だから、大切にしないといけない。いつかは死ぬんだから、どうせなら最期の最期まで燃えてみせろ。途中で消せば、あまりに多くのものを見逃してしまう」

「…ビックリした。全くおんなじこと言うんやね」

「オレ自身だからな」

「ふふふ、せやね」

「柏葉。もう戻すぞ」

「あ、うん。ありがとう」

「………」


足がもとに戻ると、柏葉はまたニッコリと笑って。

でも、テルはそのままどこかへ飛んでいってしまった。

…柏葉は、どれほど辛い思いをしたんだろうか。

もしかしたら、私にはそんなことを言う資格はなかったのかもしれない。

絶望の淵に立ち、そのまま落ちてしまいたいと思ったこともない私には…。


「それはちゃうよ、お母ちゃん」

「…何がだ」

「お母ちゃんは、何があっても生きてる。生きようと思てる。だから、その言葉は、うちの心の底まで響いてん。同じ経験した人間にそんなこと言われても、上滑りしていくだけや。共感なんかしてもらわんでええ。薄っぺらい言葉なんか要らんねん。うちが欲しかった言葉を、うちが一番望んでた人がゆうてくれた。だから、うちは今も生きてる」

「………」

「うちは、お母ちゃんに甘えてばっかりや」

「…お前は私の娘なんだ。いつまで経っても、私の娘だ」

「…うん」


柏葉の頭を撫でてやると、また笑ってくれた。

生きよう、と思える、この笑顔。

…この笑顔を失いたくない。

きっと、未来の私も、そう思ったんだろう。

この笑顔が、私を強くしてくれる。

生きたいと思わせてくれる。

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