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「あはは、空くらい飛べるって。大丈夫大丈夫」

「お前な…」

「神殿皆既日食後春日商会なんて、気のせい気のせい。武者震いでしょ?」

「何なんだよ、それは…。新しい商会を作るな。それに、お前みたいな、注連縄のような図太い神経の持ち主なら、気のせいで済むかもしれないけどな」

「あっ、神社にお参りしてみたら?神さまが治してくれるかも!」

「人事を尽くして天命を待つ。神頼みは、自分でやれることを全てやってからだ」

「えぇー、いいじゃん。これから頑張りますから、見守っててくださいってお参りすれば」

「まあ、それならいいかもしれないけど…」

「出来れば、美味しいお茶も頼みたいなぁ」

「それは無理だな」

「えぇー」


まったく、こいつは空気が読めないというか、読まないというか…。

とぼけた発言の中に、なぜか尤もらしい発言が混じることもあるんだけど…。


「ねぇねぇ、柏葉は何やってんの?お手入れ?」

「せやで。今はまだ使えんけども…。いつか使えるようになる日ぃが来たときのために、しっかり綺麗にしとくねん」

「分かるなぁ。街から街の移動中とか、茶器を広げてまったりお茶の時間…とか出来ないから、毎日お手入れしながら、その楽しい時間を想像するんだ。ズズーッ。はー、やっぱり梅鐘は、このさっぱりとした苦味がいいですね。さて、こちらのお茶請けは…あっ、お宅の。あの有名な…ですよね。あぁ、やっぱり美味しいですね。でも、梅鐘はさっぱりとした後味が特徴ですし、もう少しザラメ感を多くして、弾けるような甘さにしても…。あっ、ぼくの個人的な意見ですので。いえいえ、そんなことないですよ」

「何してるん?」

「お茶に合うお菓子の審査員として品評会に参加してる夢でも見てるんだろ。どこかの有名な菓子庵が出品した、梅鐘っていう銘茶に合うザラメ羊羮の評価でもしているんだろうな」

「へぇ。よう分かるね、そんなこと」

「昔は、あいつの妄想お茶会によく付き合わされたからな…」

「ふぅん」

「お前も知ってるかもしれないけど、桐華はこう見えて、お茶とその周辺のことだけは、もはや最高権威と言っても過言ではないくらいだ」

「そやったん?確かに、ようお茶会とかに行ってる思たけど」

「桐華が太鼓判を押したお茶やお茶菓子は、次の日からは、瞬きするうちに売り切れるそうだ。正直、信じられないことだけど」

「なるほど、最中の皮にスダチの風味を。でも、これは、さっぱりとした梅鐘のお茶請けというよりは、もっと味の深い雁夜などに、対称的な味わいを加えて舌の上を整える、といった出し方がよろしいのではないですか?」

「紅葉。大丈夫なのか、こいつは?言ってることは、まさしく品評会といったところだが…」

「平常運転だ」


本人は本気なのかもしれないけど、傍から見れば危ない人だ。

実際、リューナも心配している。

…しかも、いつまで続くんだろうか。


「ええねぇ、夢中になれることがあるってゆうんは」

「こいつは夢中になりすぎだけどな…」

「うちも、ちっちゃい頃は、よう空兵隊ごっこして遊んでたなぁ」

「こいつは、大人になった今も、お茶会ごっこをしているから危ないんだ」

「ええやん。桐華さんが仕事に一所懸命なんは、伝わってくるよ?」

「何事にも、限度ってものがあってだな…」

「ふふふ。お母ちゃんが、いつも冷静なツッコミ役に徹してるから、桐華さんも安心して子供でいられるんちゃうかな」

「なんだ、その嫌な関係図は…」

「素敵や思うよ、うちは」


そう言って、柏葉はまた飛行装置を組み立てていく。

複雑怪奇な機械部品の数々が、ひとつひとつきちんと噛み合っていく様子は、何かの手品でも見ているようだった。

そして、数分と掛からず、もとの飛行装置に戻っていて。


「ふぅ、完了。またよろしゅうにな」

「ふむ…。あれだけの部品を、よく組み上げたものだな…」

「構造は全然難しないよ。大きく分けて、術式の力を受け取る場所、その力を推進力に変換する場所、変換された力を放出する場所の三つだけやし。まあ、術式の力を別のもんに変換する発明ゆうんが、一番すごい発明やねんけどな。原理自体は簡単やけど」

「私では思いも寄らないだろうな…。術は術で使えばよいと思ってしまうだろうし…」

「うちの豪炎とか、水の瀑布とかやったらともかく、木、土、金とかの属性やったら、そのまま推進力になるような術はないやろ?せやから、こういう変換機が必要になる」

「なるほどな…」

「まあ、推進力さえ発生させられたら、あとはこの翼で揚力を得て、空に飛び立つだけや」

「不思議なものだな…。鳥や龍でなくとも、空を飛べる日が来るというのは…」

「ああ。にわかには信じ難いけど…」

「うちが実演したれたらよかったんやけどなぁ」

「まあ、無理はするな。今は、犬千代を待とう」

「うん」

「これは…なるほど、敢えて黒糖を。だから、これほどの深みが…」

「いつまでやってるんだ、お前も」

「いたっ!な、何するのさぁ…。せっかく、お気に入りのお菓子を食べてたのにぃ…」

「一人でブツブツと気持ち悪いんだよ」

「だって…。遙が頼んでくれたお菓子、まだ来てないんだもん…。これじゃ、楽しみに取ってあるお茶も飲めないし…」

「麦茶でも飲んどけ」

「むぅ…。まあ、麦茶も美味しいよね。ちょっと淹れてくる」

「はいはい…」


そして、桐華は部屋を飛び出していった。

まったく、ひとつのことにしか頭が回らないのも考えものだな…。


「やっぱり、おもろい人やねぇ」

「そうだな…」

「桐華さん見てたら、うちもまた空飛べるような気ぃしてきたわ」

「どういう関連性があるのかは分からないけど…。まあ、その自信があれば大丈夫だ」

「うん。お母ちゃんも、ありがとうな」

「ん?どういう意味だよ」

「ふふふ」

「……?」


よく分からないけど。

でも、柏葉が笑っていてくれるなら、私はそれでいい。

…また空を飛んでくれるなら、それでいい。

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