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「はぁ~、疲れた」
「散らかさなければ、疲れることもない」
「美希はホント、きっちりしてるよね」
「旅人としての心得だ。後始末をきちんとするということは、世話をしてくれた人や自然への感謝にも繋がる」
「へぇ~」
「灯も一度、旅に出たらどうだ」
「んー、考えとく」
旅人としての心得だけじゃない。
自然に生きるものとしての当然の心構えでもある。
私も、よく母さんに言われたものだ。
「さて、布団だよね」
「オレが取ってくるよ」
「望も行く~」
「よし、じゃあ一緒に行こうか」
「うん!」
「ありがとう。本来は私が取りにいくべきなのに…」
「良いんだ。自分の荷物の整理でもしておけ」
「うん。ありがとう」
美希に軽く尻尾を振ってみせて、部屋を出る。
「お母さん」
「ん?どうした?」
「うーん…。えへへ、やっぱりなんでもない」
「そうか」
それでも、手を繋いでやると、こちらを向いてニッコリと笑い、ユラユラと尻尾を振った。
衛士と認められてから、望は急に大人びたかんじがする。
なんでだろうな。
何であれ仕事を任されたということが、意識を変えたのかな。
「ん~」
なんて思ってると、手を離して腕に抱きついてきた。
…やっぱり、望は望だな。
甘えたで寂しがりだけど、しっかり者。
明るく元気な、可愛い女の子。
「あぁーっ!望お姉ちゃんだけずるい~!」
「へへ、いいでしょ~」
「わたしも~」
「ぎゅ~」
「こらこら…」
響、光、葛葉の三人も合流、私に群がってきた。
両手に花ならぬ、両手にチビだな、こりゃ…。
ていうか、重い…。
なんとか四人を引きずって布団を取りに行き、帰りはそれぞれ分担して運んだ。
「取ってきたぞ」
「遅かったね…って、あれ?増えてない?」
「気のせいだろ」
私が敷布団を置いて、葛葉が布を被せる。
そして光が枕を乗せ、また葛葉が布を敷く。
その上から望と響が掛布団を被せて、端を折り込めば完成。
「見事な連携だな」
「まあね~」
「荷物は片付いたのか?」
「お陰さまで」
「元々少なかったしね」
「一日何里も歩くんだ。荷物は最小限にしないとな」
美希の荷物は、見たところ大きな袋と調理道具、あとは小刀などの雑多なものくらい。
服や下着はもうしまったのだろう。
と、光が美希の荷物の中から、木の板に模様が彫られたものを取り出す。
「これ、何~?」
「北の国のお守り。私は狼だから、"月の神"ルィムナの象徴であり、彼女の使徒である"純粋な心"ルウェの紋章を授かったんだ」
「ルウェ…」
「どうしたの、望お姉ちゃん?」
「ううん。なんか懐かしいかんじがしたの」
「懐かしい?」
「うん」
「ふぅん…不思議だね」
ルウェか…。
たしかに、なぜだか親近感が湧く…ような気がする名前だ。
でも、望はその程度では収まらないらしい。
うーんとかえーっととか言いながら、大切なことを必死に思い出そうとしてるようだった。
「望。思い出せないなら、無理に思い出すことはない。たぶん、今はそのときじゃないんだろう。今は、その気持ちを大事に心にしまっておいて、そのときにちゃんと取り出せるように準備しておくんだ」
「…うん。分かった。ありがと、美希お姉ちゃん」
「そうだな。部屋も心も、きちんと整理しておかなければ、肝心なときに必要なものが取り出せない。な、灯」
「え?私?」
「…他に誰がいるんだよ」
「えっと、風華?」
「なんで私なのよ!」
「風華って、なんか適当そうだもん」
「何よ、それ!」
そして、それからしばらく風華と灯の口論が続いた。
…口論と言っても、風華だけが興奮してて、灯はほとんど冗談混じりなんだけど。
「本当に良かった」
「何がだ?」
「ここに留まることを決めて」
「………」
「ここには、私の求めていたものがある。…家族が。たくさんの…温かい光が」
「…そうだな」
「美希お姉ちゃん、呼んだ?」
「ん?」
「この子の名前は光だ」
「そうか。光か。ふふ、良い名前を貰ったな」
「うん!」
「世をあまねく照らす、光になりますように…」
「……?」
桜の花が咲く春も。
葛の葉が茂る夏も。
紅く葉が色付く秋も。
風に華が舞う冬も。
美しき希望で以て。
天下に名を響かせて。
世をあまねく照らす光となりますように。
さあ、灯りを点けて。
物語を紡ぎ出そう。
望は熱心に葛葉の尻尾のお手入れ。
響と光は美希に北の国の言葉を教わっていて。
風華と灯は、膨大な量の覚書の整理をしていた。
「姉ちゃん、手伝ってよ」
「また今度な」
「今度はないの」
「美希の講義の方が面白そうだ」
「お姉ちゃん、北の言葉、話せるじゃない」
「え?そうなの?」
「まあ、向こうで生活が出来るくらいはな」
「えぇ!?すごく話せるじゃない!」
「大したことじゃない」
「謙遜?嫌味?」
「お前のそういう質問が、一番嫌味だ」
「あれ?」
「姉ちゃん、私にも今度教えてよ!」
「ああ。分かってる」
ゆるやかに時は流れてゆく。
一文字ずつ、歴史を刻みながら。
…そろそろ腹の虫が鳴き出す頃だな。