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「灯、腕を上げたんじゃないか?」
「えぇ、そうかなぁ。えへへ」
「そうやってすぐ調子に乗るのも変わらないな」
「うっ…」
「しかし、料理は美味いな」
「当たり前でしょ。料理大会本選に進出するくらいなんだし」
「ふぅん。涼のところも出てただろ、たしか」
「うん。あとは、秋華のとこの板前さん」
「そうか」
「まあ、なんか分からないけど、開催が遅れててさ。私たちは待ちぼうけってわけ」
「なんで遅れてるんだ?」
「だから、分からないんだって。謎だよ、謎」
「ふぅん…」
「まあ、遙あたりに聞けば、何か分かるかもしれないけど。情報屋だし」
「そうだな」
「でも、有料だろうし、わざわざお金を出さなくても、大会側から報告があるだろうし」
「そうだろうな」
「はぁ…。ホントに何なんだよってかんじ。せっかくいろいろ考えてたのに…」
「お題とか、あるのか?」
「あるよ。空腹から満腹までとかだったかな」
「それは変わってないんだろ?」
「変わってないよ」
「じゃあ、今まで考えてたのが何もなしになったわけじゃないんだから、いいじゃないか」
「そうだけどさ…」
「それに、見直せる時間が増えたんだから」
「そうだけどさぁ…。それは、他の料理人たちにも言えることだし…」
「そりゃそうだろ。灯にだけ有利な時間を貰ったとしても、何の得にもならないだろ。みんな平等に闘うからこその大会だ」
「もう充分、精神的に参ってるけどね…」
「それも、全員同じ条件だ。でも、そこで文句を言うやつと、次のことを考えるやつで、大きな差異が出てくるだろ。そういうのを見極めるために、わざとやったのかもしれないだろ?」
「えぇ、まさかぁ…」
「絶対にないとは言えないだろ」
「うーん…。まあ、イロモノのお題を出してくるような大会だし…」
「本選に向けて、またちゃんと考え直してるんだろうな?」
「それは、言われなくてもしてるけど…」
「それなら、大丈夫だろうな。まともに闘う準備は出来てるってわけだ」
「むぅ…」
灯が膨らませた頬を、リュカは匙の先で突ついて。
まあ、わざとにせよ何にせよ、早く大会を開いてもらいたいものだけど。
…準備期間が延びたとは言うけど、それだけ参加者の緊張も積もっていくというものだ。
でも、リュカの言うように、それさえも大会の審査内容であるということは否定出来ない。
何が真実であるのか、というのは私たちには分からないからな。
「あっ、おかーさんだ」
「りる」
「お兄ちゃんは誰?」
「リュカだ。お前は、よく駄菓子屋に来て、余り物を貰っていくやつだな」
「お菓子屋さん、お菓子くれる」
「お前、そんなことをしてたのか…」
「いいじゃん、お菓子。今度、私にも分けてよ」
「いいよ」
「煎餅とかでも、割れたり湿気たりすると売り物にならないからな。飴も、特に夏場は、管理が甘いと融けたりするし。そういうのは、もう下町の子供たちに分けてやるんだよ。もちろん、お金を出せば、みんなに自慢出来るようなお菓子も買えるし」
「ふぅん…」
「卑しいとか言って嫌厭する親もいるけど、でも、俺は、食べ物を大切にする心が学べるんじゃないかなって思うんだ。少しくらい割れてたり、湿気てたり、融けてたりしても、ちゃんと食べられるんだって」
「まあ、少々落としたって大丈夫なのに、すぐに捨てる人とかいるらしいしね」
「そうだな」
「りるは、お腹いっぱいごはんが食べたい」
「あぁ、そうだったね。今日はリュカが来るって言うから、リュカが嫌いだったものを全部詰め込んだ料理を作ったのに、平気な顔してるし」
「だから、あのときは、食わず嫌いだっただけだ。食べられない食べ物なんてないんだし」
「ふぅん…。理屈はよく分かんないけど。とりあえず、りるの分はこれね」
「うん」
「…いや、多くないか、これ。大人三人前はあるだろ」
「りるは、いつもこんなものだよ。成長期なんだし」
「成長期でいっぱい食べてる割に、チビっこだな…」
「りるが怒るよ、そんなこと言ったら」
「ん?」
「聞いてないんだって」
「………」
「まあ、あれだよ。そのうち、すっごい美人になるに違いないよ」
「大喰らいの姫君なんて、どうするんだよ…」
「いいじゃない。可愛いと思うよ」
「可愛いのか…?」
「可愛いでしょ、りるは。可愛くない?」
「そりゃ、りるは可愛いけど。そういうんじゃないだろ」
「じゃあ、何?」
「可愛い可愛くないの問題じゃなくて…。はぁ…。もういい」
「あら、そう?」
まったく、何をわけの分からないことを話しているんだか。
りるは確かに大喰らいだが、だからといって、どうというわけでもない。
…好きなだけ食べて、好きなだけ遊んで、好きなだけ寝る。
それが、こいつたちの日課だ。
「おかわり」
「はいはーい」
「食べるのが早いな…。早食いはダメだぞ」
「……?」
「ごはんは、よく噛んで、よく味わうんだ。分かったか?」
「よく噛んで、よく味わう」
「そうだ」
「頑張る」
「ああ。頑張れ」
ちゃんとリュカの言ってることを守っているのか、りるはさっきよりかはゆっくり食べてる。
まあ、すぐにもとに戻るとは思うけど。
…でも、食べ物を大切にしたり、よく味わって食べるというのはいいことだ。
りるにも、しっかり覚えておいてほしいものだな。