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「美希さんの部屋はどこがいいかな?」
「そんなの、どこでもいいぞ」
「望たちの部屋!」
「もう限界でしょ…」
「えぇーっ!」
「一人用の部屋がまだ空いてただろ」
「いや…。やっぱり、誰かと一緒がいいな…」
独りはもう充分堪能したから。
美希の表情が、そう語っていた。
「じゃあ、私の部屋に来ます?」
「灯!いつの間に来てたの?」
「んー、今」
「今って…」
「そんなことより、どうですか?私の部屋。楽しいですよ」
「どの部屋も変わらないだろ…」
「変わるよ~。何事も、おまけが肝要。買い物も部屋探しも」
「部屋探しには当てはまるのかな…」
「美希さん、どうする?」
「まあ、部屋を見てからだな」
「よし、決まりっ!」
…まだ決まってないって。
とにもかくにも、灯の部屋へ向かう。
しかし、灯の部屋か…。
灯は、三人部屋を一人で使っている。
元々は二人で使っていたんだけど、一人が別の部屋に移ったから、一人になってしまった。
移らないか誘ったんだけど、強情に突っ跳ねて。
「それにしても、一人で寝るのが怖いからって…」
「何が?」
「なんでもない」
「……?なんで姉ちゃんが答えるの?」
「あ…いや…」
風華の鈍感さに感謝すべきか。
それとも、分かった上での演技なのか。
とりあえず、美希には聞かれてないみたいだった。
「そうだ。昨日はどこに寝てたんですか?城の中にはいなかったみたいですけど」
「組合の宿にな。脱退手続きと、今までのお礼に」
「あぁ、なるほど」
「組合って?」
「旅人補助組合。何かと苦労の多い旅人のために、旅人補助同盟の同盟国が設置してる組合のことだよ。ルクレィも同盟国なんだけど、ユールオ、ルイカミナ、ヤマトの三都市に組合が設置されてるの」
「ふぅん」
「ルクレィが提供してる施設は宿と旅費稼ぎの短期採用斡旋所。他にも、提携商店では組合の証書があれば安く買い物が出来たりするんだ」
「へぇ~。よく知ってるね」
「まあね~」
…衛士としての一般教養なんだけどな。
まあ、風華も知らなかったみたいだし、偉そうに胸を張ってる灯のためにも、今回だけは黙っておいてやろうか。
「本当に有難いことだ。組合のお陰で、私は安心して旅が出来た」
「でも、組合の維持にはお金が掛かるよね?どうするの?」
「宿に泊まるのにはお金が掛かるし、食事は付かない。仕事を斡旋してもらえば報酬に応じて紹介料を徴収される。だいたいはそれで運営してるみたいだ。あとは、寄付だな」
「美希さんも詳しいね」
「当たり前だろ」
「そりゃそうか」
「ところで、私の部屋、通り過ぎちゃったけど、どうする?」
「えぇっ!?姉ちゃんみたいなことしないでよ!」
「お姉ちゃんもやってたの?」
「…忘れた」
「えぇ~…」
えっと…いつだったかな…。
ていうか、なんでそんな細かいことまで覚えてるんだよ…。
少し引き返して、灯の部屋に入る。
「わぁ~、ぐちゃぐちゃだ~」
「失礼ね。片付けてないだけよ」
「………」
「な、何よ」
「ゴキブリでもいるんじゃないのか?…ほれ」
部屋の真ん中に敷かれた万年床をひっくり返してみる。
…ゴキブリこそいなかったが、埃が物凄かった。
「うわぁ…」
「これ、何~?」
「なんで下着が散らばっているんだ」
「あっ!それはダメ!」
そんなかんじで、ひとしきり思い思いの感想を述べ終えると、一度廊下に避難する。
「…ふぅ」
「汚かったね~」
「よく勧められたね」
「他の人の部屋より、ちょっと汚いだけじゃない…」
「ちょっと、ねぇ…」
相変わらずだな、灯は。
片付けるのは上手いんだけど、散らかすのも上手い。
ある日、思い出したように綺麗さっぱり片付けたりするんだけど、次の日には元通り。
私が毎日のように片付けていないと、寝るのにも苦労するくらいだった。
「決めたよ」
「何を?」
「この部屋に入る」
「えぇっ!?」
「やった!」
「ただし、毎日片付けをすること。それと、散らかさない癖を付けること。それが条件」
「わ、分かったよ…」
入る方が条件付けなんて珍しいこともあるものだ。
でも、これくらいが灯にはちょうど良いのかもしれない。
…私は少し甘やかしてしまったのかな。
「さて…」
「大掃除、だね」
「ああ」
「頑張ろ~」
美希を迎え入れるべく、しっかりと気合いを入れて戦いに挑む。
右を左に、左を右に。
窓も戸も全開にして。
「なんだ、これは」
「それはそっちに置いといて」
「そっちってどっちだ」
「あ、ゴキブリだ~」
「ちょっと望!ゴキブリで遊ばないの!」
「手、洗ってこい」
「うん」
望はゴキブリを外に投げ捨てて、部屋を出ていった。
ふぅ…。
しかし、さっきからヤモリやら蛇やらゴキブリやら…。
さっきはなんで見つけられなかったのか不思議なくらい、多種多様な生物に溢れていた。
もしかして、こいつら、ここで飼ってるのか?
「おい、また蛇がいるぞ」
「あぁ、その子はそこに置いといてあげて」
「はいはい…」
やっぱり飼ってるんだな。
「はぁ~、だいたい片付いたね」
「まあ、普通の散らかり具合くらいにはなったな」
「もっと綺麗にしないと」
「えぇ~…。ちょっと休憩…」
「休むと始めるのが辛くなるだろ。こういうのは一気にやるのがいいんだ」
「へいへい…」
「ただいま~」
「ほら、望も帰ってきた。再開だ」
ここまで来れば、あとは早い。
テキパキと片付けていく。
一番多かったのは、やはり覚書だった。
調理班として、料理好きとして。
飽くなき探究心と言うのだろうか。
料理の作り方や隠し味に入れるもの、さらには、食べた人の感想を書いたものもあった。
「それにしても、姉ちゃんの感想、"美味い"とか"なかなかいける"とか、そんなのばっかりだね。ほら、こっちなんて、"うん"としか書いてないよ」
「あはは。お姉ちゃんは、感想だけ聞いても分からないんだよ」
「他に聞くものがあるの?」
「うん。目は口ほどにものを言う…じゃないけど、お姉ちゃんにも情感豊かなところがあるんだよ~」
「え?どこ?」
「………」
「ふふ、内緒。言ったら怒られちゃう」
「えぇ~…残念」
自分では全く分からないんだけど、灯が言うには、私の尻尾は本当によく喋るらしい。
うーん…。
まあ、尻尾で伝わるなら良いか…。