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「言葉を語るのにも言葉が必要である。あらゆる事象は、私たちの目の前に顕現する以外に、自身で自身を語ることは出来ないが、言葉にはそれが可能であるのはなぜだろうか。自身の内を自身で表現するのが芸術であるのなら、言葉は言葉自身による芸術なのだろう。言葉には生命や意志があるからこそ、自身を表現しようと思い立ったのである」

「カルツの言葉だな。あいつは、人間ながら面白いやつだった」

「人間はつまらないやつが多いのか?」

「そういうわけではないが、よくお茶会に誘われた」

「お前がお茶会ねぇ…」

「なんでだ。誘われれば行くだろう」

「いや、似合わないなと思って…」

「失礼なやつだ」

「だいたい、どうやってお茶を飲むんだ」

「おれは、茶菓子専門だ」

「そんなことだろうと思ったよ…」

「湯呑みからは上手く飲めん」

「皿にでも入れてもらえよ」

「風情というものがないだろう、それでは」

「そりゃそうだけど」

「前回から引き続き、言葉の哲学を学んでいますが、言葉を考えることで、言葉を使い、考える、哲学自身も考えてみようという試みです。この機会に、是非とも、我々が普段何気なく使っている言葉を、じっくりと考えてみてください」

「うむ。いい心掛けだ」

「言葉は、連続した音が、たまたま意味を持ったものではない。相手に何かを伝えたいと思う気持ちがあれば、身振りや手振りでさえ言葉になり得るし、犬や猫の鳴き声といったようなものも言葉となり得る。しかし、言葉に時間の概念を乗せることが出来るのは、どうやら時間の概念を持つ生物だけらしい」

「そりゃそうだ」

「ツッコむなよ…」

「なんでだ。いいじゃないか、それくらい」

「はぁ…。静かにしてろよ…」

「分かった分かった」

「言葉の持つ力は、私たちには計り知れないものだ。たとえば、言霊信仰というものがあるが、あれは、人がまだ言葉の力を純粋に信じていた頃に生まれたものである。その頃から変わらず、言葉は静かに力を持ち続けているが、いつしか人は言葉の力を忘れてしまった。だからこそ、言葉を見直し、その力を再認識する必要があるのではないだろうか」

「うむ、確かにそうだ」

「お前は、黙って講義が聞けないんだな」

「感心して頷くくらい、許されるだろう」

「まあ、別にいいけど…」

「この最後の言葉は、カルツ唯一の弟子である(たまき)の残した言葉です。しかし、この環という人物について、分かっていることはほとんどありません」

「あいつに弟子などいたのか」

「お前も知らないのか?」

「全く知らんな。しかし、言っていることは、確かにカルツの流れを汲んでいる」

「じゃあ、カルツに憧れていたやつが、勝手に弟子を名乗っているんじゃないのか?」

「どうだろうな。カルツは、今はともかく、むしろあの頃は無名の思想家…いや、あいつは本当に言葉が好きで、言葉を想って、言葉の研究をしていただけだったからな。憧れるも何も、あいつも普通の一般人の一人に過ぎなかった」

「ふぅん…」

「ますます分からんな…」


しかし、類は友を呼ぶということだろうか。

こいつは言葉のことが好きで、言葉の研究をしている。

そして、集まる仲間は、言葉の好きな連中たちばかり。

…幸せなことなんだろうな、それは。


「言葉を使うため、私は言葉の研究を進めている。言葉の研究を進めるために、私は言葉を使っている。言葉とは不思議なものだ。私は一生掛かっても、言葉を真に使うことは出来ないだろうということだけは分かる」

「クシュがよく言っているな」

「講師より先に答えを言うなよ…」

「これは、言葉の追求家を名乗るクシュの言葉です。クシュといえば、北の伝承の言葉の神であり、追求家というのは、まさしくクシュの名を冠するに相応しい肩書きと言えるでしょう」

「あいつは、思想家だとか、研究者だとか、そういう言葉は使いたがらない。理由はいろいろとあるのだろうが、まあ、おれにも拘りがあるように、そのあたりはあいつの拘りなんだろう。おれも、深くは突っ込まないようにしている」

「お前にも、そういう配慮が出来るんだな」

「まあな」

「クシュは、言葉の追求家であると同時に、詩人でもあった。言葉を追求する者が作る詩というものを、是非とも、みなさんにも読んでいただきたい。ただ、本を一人一人に配布したいところだったのですが、私の財布の都合上、それは出来ませんでした。街の図書館でも、クシュの詩集が貸し出されていますので、そちらで読んでいただけますか」

「クシュの詩集か。おれも読んでみたいものだな」

「読んだことないのか?」

「おれは、金も持ってなければ、本を借りることも出来ないからな」

「印税があるだろ」

「そういう金は、全てセカムに渡している。おれは金の使い方は分からないし、金など使わなくても生きていけるしな。セカムは孤児院の経営に全部注ぎ込んでいるようだが、それならそれでいいと思っている。あいつの好きなことをやればいいと思っている」

「…そうか」

「エスカとも、あいつらの好きなようにさせてやりたいと思っているのだが、どうしてあいつは、あそこまでトンチンカンなんだ?」

「いや…。今までそういう経験がないから、たとえエスカが分かりやすい行動を取っていたとしても、気付けないんだろ。だいたい、エスカもセカムのことが気になっているのは確かだろうが、本当に好きなのかどうかはまだ分からない。あいつも、小説では読んできたかもしれないけど、実際に経験するのは初めてだろうからな。これが噂に聞く…と、ただ緊張して狼狽えてるだけかもしれない」

「もどかしいやつらだな。口付けのひとつや二つしてみれば、自分たちの気持ちに気付けるというものだろう」

「いや、それは強引すぎるだろ、どう考えても…。好きかどうかもはっきりしないやつと口付けするのもおかしいし…」

「ヌルいな」

「お前が勝手に早とちりして、事を急ぎすぎてるんだよ…」

「そんなことないだろ」


まったく、こいつは一度言い出したら手が付けられないな…。

長年付き合ってきた結果が、セカムのあの態度なんだと思うと、なんとなく納得出来るような気がしてきて。

はぁ…。

セカムを見習って、しばらく無視を決め込んでみてやろうか…。

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