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「えぇ、ロセさん、帰っちゃったんだ」

「何か不都合でもあったか?」

「不都合はないけど、お別れくらいは言っておきたかったかな」

「あいつは、別れを言うのが一番嫌いだからな」

「あぁ、なんか、そんなかんじがするね」

「いつでもそうだ。誰にも言わないで、夜逃げするみたいに帰っていったこともあった」

「えぇ、ホントに?」

「ああ」

「よっぽど嫌いなんだね…」

「そうだな」

「まあ、たまにいるよね、そういう人。別れを言うのが怖いっていうか」

「オレは、あいつ以外に知らないけど」

「いるんだよ、たまに」

「そうか」

「言葉には、魔法のような不思議な力が宿る。うっかり別れを言ってしまうと、本当に二度と会えなくなることもあるからな」

「あ、テスカトル」

「言霊か?」

「ああ、そうだ」

「言葉の思想家も、言霊を信じるのか」

「言葉の思想家だからこそ、言葉の力を信じるのだよ」

「まあ、そうか」


テスカトルは、私たちの桶の横に座ると、大きな欠伸をして。

少し後ろに、いつもの仏頂面でセカムも控えている。


「たとえば、北の国には、言葉の神というのがいる」

「クシュか」

「なんか、くしゃみみたいだね」

「お前の知り合いか?」

「会ったことはないが」

「えぇー、言葉の思想家のくせに?」

「くせにとはなんだ、くせにとは。それに、会ったことはないが、よく文通はしている。この前も、美しい詩を貰ったところだ」

「美しい詩?どんなの?」

「秘密だ。しかし、言葉の神として、あいつも言葉をよく研究している」

「ふぅん。言葉の神さまなんだしねぇ」

「まあ、それは置いといてだ。クシュの使う術は、クシュ独自のもので、言葉の力を利用するものだ。おれは勝手に言術(げんじゅつ)と呼んでいるが、術式、妖術、呪術、法術のどれにも繋がる術なんだ。クシュは秘術としてほとんど語らず、詳細は謎に包まれたままだが、おれは、全ての術の基となった術なんじゃないかと思っている」

「へぇ…。あ、でも、術式だって、元素術とか陰陽術を使うには、何か文言が必要だしね」

「風華は術式が使えるのか?」

「えっ?まあ、使えるよ。響とかも使えたと思うけど」

「ふむ…。またいろいろと話を聞きたいものだな」

「いいよ。それで、言術の話だけど」

「あぁ、そうだな。本物の言術を実際に見たことはないが、言葉がそのまま力になるんだ。たとえば、荒れ地を前にして耕やせと言えば、たちまち土が耕されたり」

「えぇ…。あ、でも、私は上手く使えないけど、土の術式で地面を隆起させて壁を作ったりってのはあるよね」

「そうだな。そういうものだ。とにかく、言葉に力を乗せ、現実にする術だそうだ」

「ふぅん…。でも、秘密にしては結構詳しいね」

「教えてもらったからな」

「えぇ…。秘密なのに…」

「ほとんど、語られていないと言っただろう。長い付き合いの中で、おれは信用に足ると判断してくれたそうだ。言術について、おれが信用するやつになら、ある程度までは話してもよいとも言われている。秘密にしすぎて、言術自体が途絶えてしまっても困るしな。それに、原理や扱い方を理解したところで、おれには小さな火を灯す程度で精一杯だった。それだけ難しい術だということだよ」

「そうなんだ…」

「まあ、そういった術を使わずとも、おれたちの言葉にも力は宿り、それが発揮されることも多い。別れを言うのを避けてるというのは、意識的にしろ、無意識的にしろ、そういう言葉の力を恐れているからかもしれないな」

「そうなのかな」

「さあな。おれはそいつじゃないから」

「そうだね」


ロセが何かを恐れる姿というのが想像出来ないな。

特に、言葉のように、実体があるわけでもないものを恐れる姿は。

…あいつは、何を恐れるんだろうか。

今後のためにも、是非とも知っておきたい。


「あっ、テスカトルさま。それに、セカムさんも」

「む、エスカ。その服はどうしたのだ?」

「リュナムクさま。これは、桜ちゃんが作ってくれたんですよ」

「ふむ…。桜?」

「そういうやつがいるんだよ。最近は、ちょっと引き籠ってばっかりだけど」

「あはは、そうだね。まあ、裁縫の講義には欠かさず出てるよ。寺子屋の」

「そうか」

「えへへ、セカムさん、見てください。可愛いと思いませんか?」

「可愛らしいとは思いますが、私なんかよりも、リュナムクさまに、もっとよくご覧になっていただいた方がよろしいのでは」

「えっ、あ、えっと…。すみません…」

「まったく、女心の分からんやつだな、お前は」

「申し訳ありません」

「いいか?綺麗に着飾ったのを、好きな男に一番先に見てもらいたいと思うのは当然だろう」

「では、リュナムクさまではないのですか?」

「バカか、お前は」

「……?」

「あ、あの、テスカトルさま…。私は別に、そういうのじゃないですから…」

「エスカ。そんなことを言っていては、いい男を射止めることは出来ないぞ。まあ、こいつがいい男かどうかは微妙なところだが」

「テ、テスカトルさま…」

「さあ、将来の誰かのためにも、まずはこいつで練習してみろ」

「れ、練習なんて、そんな…」

「テスカトル。エスカをあまりからかってやらないでくれないか」

「おれはいつでも真剣だ。だいたい、こんなところで躓いていては、嫁に行くことなど、未来永劫叶わんぞ」

「お、お嫁さんなんて…。私は…」

「何を言ってるんだ。せっかく、薄暗い洞窟から出て、対人恐怖症も克服しかけて、まさしくこれからだというのに」

「テスカトルさま。少し性急すぎるのではないでしょうか。エスカも戸惑っています。それに、私を相手に練習するならするで、私にも相応の準備が必要です」

「人生は全て一発勝負だ。やれ心の準備だの、大安吉日だのと言っていては、あらゆるものが、手の平から溢れ落ちていくぞ」

「今は勝負のときではないでしょう。準備出来ることはしておいた方が、一発勝負であっても、成功する確率が上がります。誰かと結婚するなどというのは、人生最大の勝負だとも言えます。事を急がず、じっくりと準備を進めた方がいいでしょう」

「だから、お前はバカだと言うのだ」

「……?理解が不能です」

「まったく…」


エスカは、顔を赤くしながらジッと俯いて、二人のやり取りを聞いていた。

まあ、セカムもセカムなのかもしれないけど、それ以上に、テスカトルもどうかと思う。

何をそんなに拘っているのかは知らないけど、今は確かに、セカムの言う通り、エスカにもいろいろと準備が必要なときなのかもしれない。


「エスカって、セカムのことが好きなんだ?」

「さあな。ただ、少なからず意識してるってのは、間違いなさそうだけどな」

「確かに」

「セカムを好いているのであれば、私としても安心出来るのだがな」

「えぇ、娘に彼氏が出来たとき、父親は複雑な気持ちになるって聞くけど」

「セカムならば、エスカを任せられる。そういう意味では安心出来るし、付き合うなら付き合う、結婚するなら結婚するで、それでいいと思っている」

「ふぅん。そんなものなのかな」

「そんなものなんだろうよ」


まあ、セカムとは立ち位置や年頃も似ているし、対人恐怖症克服への記念すべき第一歩として、リューナ以外で初めてまともに言葉を交わした男だからな。

好きとまではいかないにしても、意識してしまうのは無理もないのかもしれない。


「セカム。女心というのはだな…」

「エスカ。顔が赤いですよ。風邪でも引いたのですか?」

「い、いえ…」

「そうですか。しかし、万が一ということもあります。あとで、医務室に行きましょう」

「だ、大丈夫です…」

「セカム!聞いているのか?」

「聞いていません」

「お前の今後のためを思って言ってるんだ!もう一度、最初から説明してやるから、しっかり聞いておけよ!女心というのはだな…」

「ご無理はなさらないようにしてください」

「は、はい…。ありがとうございます…」

「セカム!」

「あぁ、すみません。テスカトルさまの話には興味がないもので」


なかなか肝が据わっているというか、我が道突き進むというか…。

こうなると、もはや、敬語を使っているのも皮肉に聞こえてくるな…。

でも、この二人はこれで上手くやってるんだから、なんとも不思議なかんじもする。

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