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「これから、寂しくなるね…」
「いや、別に」
「えぇ、何よ。少しくらい、別れを惜しみなさいよ」
「子供を放っぽって、無駄にダラダラと滞在し続けた、無責任な旅団天元団長に、惜しんでやる別れなんてない」
「冷たいわねぇ…」
「ほら、早くしなさい。わざわざ送ってやろうってのに、待たせないで」
「あ、こっちも冷たい…」
「当たり前でしょ。早く帰って、早く仕事に戻りなさい。一生分は休んだでしょ」
「私は、遙みたいに働き者じゃないから。ちょっとした骨休めよ」
「ロセのは、もはや怠け癖でしょ…。むしろ、仕事の方が、休息の骨休めなんじゃないの?」
「あはは、そうかも」
「笑い事じゃないからな…」
「まあ、また来るわ。ここ、前よりもずっと楽しくなってるし」
「二度と来るな」
「紅葉の二度と来るなは、どうかまた来てください、お願いしますって意味よね」
「文言そのままの意味だ」
「もう、素直じゃないんだから」
「お前ほど楽天的なやつも珍しい」
「まあまあ、褒めない褒めない」
「まったく…」
「早くしなさい。後ろに縄で縛り付けて、引き摺っていくわよ」
「おぉ、怖い怖い。旅団天元の団長を市中引き回しの刑にするなんて」
「お似合いだな…」
「えぇー」
ロセはため息をつきながら、やっと馬車に乗って。
まったく、手間の掛かるやつだ。
「じゃあ、また手紙書くわね」
「お前以外の誰かの手紙を頼む」
「私の手紙が恋しいくせに」
「愚痴ばかりの手紙の、何が恋しいんだ」
「いいじゃない、愚痴くらい書いても」
「紙の無駄遣いはやめろ」
「別に無駄じゃないでしょ」
「出発進行」
「あっ、ちょっと、まだ紅葉と話してるのに!」
「………」
「じゃあ、またね!今度は、子供たちも連れてくるわ!」
「はいはい…。是非ともそうしてくれ…」
馬車は次第に速度を上げ、何か興味を示しているセトに見送られながら、門から出ていった。
…やっと帰ったな。
まったく、相変わらず賑やかなやつだ。
「…帰ったか」
「大和。もう大丈夫なのか?」
「いや。しかし、いつまでも寝てられんからな。少し術を使って、歩いても負担が掛からないようにしている」
「そうか」
よく見れば、ヒビの入った方の足は上げたままで、何か寒天のようなもので出来た足が代わりを務めている。
これは何なんだ?
まあ、なんでもいいんだけど…。
「水を固定しているんだ」
「ふぅん…」
「水が一番手っ取り早いからな」
「そうか」
「…ロセが帰ってしまうと、少し寂しくなるな」
「騒がしいのだけは、天下一品だからな」
「そうだな。まあ、いろいろと面白い話も聞かせてもらっていたのだが」
「そういえば、あいつは、伊織と蓮の家に居座ってたんだったな…」
「二人も寂しがっていたぞ」
「そうかよ」
「紅葉は、寂しくないのか?」
「別に寂しくなんてない。どうせ、また手紙なりなんなり寄越してくるだろうし」
「ふふふ、そうか」
「それに、あいつは自分の子供を放ってきてるんだ。さっさと帰るべきだろ」
「それはそうだな」
「まったく、人騒がせなやつだよ…」
「ああ、そうだな」
大和は、門の方をぼんやりと見ていた。
あいつが帰ると寂しくなるやつもいるということか。
…私には分からないけど。
まあ、どうせまた、ロセから何かが来るってことが分かってるからな。
「あっ、こんなとこにおった」
「レオナ」
「大和、何を出歩いとんねん」
「いや…。退屈だったから、ロセの見送りついでに…」
「まだ治ってへんやろ。また酷なったらどうするん?」
「負担の掛からないようにはしているから…」
「出歩くこと自体が負担やろ。大人しい寝とき!」
「うむ…」
「大きな声を出すものではないぞ、レオナ。寝たきりよりも、少しくらい身体を動かした方がいいこともある。身体の抵抗力を付けるためにも、動けるのであれば動いた方がいいだろう」
「…リューナは薬師なん?」
「いや、薬師ではないが…」
「ほんなら、動かしてええかどうかなんて分からんやん。勝手に動かして、悪化とかしたらどないするん?」
「あのな、レオナ。心配なのは分かるけど、喧嘩腰になっても仕方ないだろ」
「でも…」
「大和も、自分のことは自分で分かってるだろ。どうしてもやめさせたいなら、風華か犬千代に外出禁止令でも出してもらえ」
「む、う…」
「すまないな、心配を掛けて…。もう戻ることにするよ…」
「………」
レオナは何も言わなかったけど、大和はそのまま歩いていって。
水で出来た足で歩いてる様子は、なんとも変なかんじだったけど。
…レオナに心配を掛けたという申し訳なさと、一抹の寂しさが、後ろ姿に見える気がした。
「…私は薬師ではないが、ああいうときは、手厚い介護を受けたり、何もせずにぼんやりしていると、なんとはなしに周りに申し訳なく、自身が惨めに思えてくるときがあるということは知っている。あいつも、それが嫌で、怒られるのを承知で出てきたんだろう」
「………」
「だから、あまり責めてやらないでくれないか」
「…分かってる」
レオナは俯いたまま後ろを向くと、城の方へ歩いていってしまった。
あいつ自身も、少し言い過ぎたということは自覚していたんだろう。
「今日は寺子屋だったか」
「そうだな」
「あの子も、いい子なのだがな…」
「知ってる」
「………」
「あいつは、あの程度でめげるようなやつじゃないよ」
「ああ。…そうだな」
とぼとぼと歩いていくレオナの背中を見送りながら、リューナはため息をついて。
まあ、よかれと思ってやったことが裏目に出るというのは、よくあることだろう。
それは仕方のないことなんだろうけど。
レオナは、少々言葉がキツすぎたようだ。
…それにしても、ロセの出発なんて、もうなかったかのようだな。
本人の思惑とは裏腹に、それだけ印象の薄い出来事だったということだろう。
そういうことにしておこう。