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変な夢を見た気がした。
小さな蒼い龍が広い空を気持ち良さそうに泳ぎ回ってるのを、ただ見てるだけの夢。
昨日、あんな話をしたからだろうか、その龍はあのときの龍に似てたような。
「んぅーっ…」
大きく伸びをして、布団から抜け出す。
みんなは…まだ眠ってるよな。
上着を羽織って、冷たい廊下に出る。
廊下には誰もおらず、ただ静寂だけが挨拶を交わしてくれて。
「うぅ…寒…」
独りごちてみても、もちろん返事はない。
何か余計に寂しくなったので、広場に行ってみる。
端の方では、セトと明日香が眠っていた。
明日香は、布団なんかよりずっと寝心地の良いものを見つけたらしい。
「よっ…と」
その明日香の横に座り込んで、セトのたてがみを抱く。
たてがみは、外の冷気など全くの嘘だったかのように暖かかった。
「グルル…」
「起こしてごめんな」
「ゥルル…」
「うん。ありがとう」
セトのたてがみに抱かれて、もう一眠り。
月の光が、太陽の光と交代するときまで…。
明るい光を感じて、目を開ける。
太陽がちょうど、外塀の上から顔を覗かせたところだった。
「………」
「おはよう、セト」
「………」
「ああ。お陰さまで」
「ゥルル…」
「また今度な」
セトの頭を軽く撫でて、城の方へ向かう。
中に入るとすぐに、眠そうな夜勤組と鉢合わせた。
「ご苦労さま」
「あ、隊長…。おはようございます…」
「おはよう。今日はもうゆっくり休んでくれ」
「はい…。お言葉に甘えさせてもらいます…」
「ご苦労さま」
「あぁ、そういえば、夜中はどちらへ?」
「ん?ちょっとな…」
「そうですか…。では、失礼します…」
「ああ」
そして、大きな欠伸をしながら部屋に帰っていった。
…しかし、見てたなら声くらい掛けてくれよ。
無駄に寂しい思いをしたじゃないか…。
そんなことを考えながら厨房へ。
今日は早かったにも関わらず、もう誰かがいるみたいだった。
料理の良い匂いが、食欲を刺激する。
「一番乗りだな」
「そうなのか?」
「もう少し待っててくれ。今、よそうから」
「ああ」
グツグツと煮えた鍋。
そこから漂う匂いは独特なもので。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます」
何かの肉と野草を煮た、まさに旅人料理だった。
身体の中から力が湧いてくるような、そんな不思議な料理。
「どう?美味しい?」
「ああ」
「ふふ、良かった」
これは鹿の肉だろうな。
昔はよく食べていたけど、そういえば城に来てからは滅多に食べてないな。
風味からして、干し肉だろう。
「でも、良いのか?大切な保存食だろ?」
「良いんだ。もういらないから」
「…そうか」
匙を置いて、横に座っていた美希を引き寄せる。
「ようこそ。歓迎するよ。それと…お帰りなさい」
「うん…。ただいま」
帰ってきたわけじゃないんだけど。
でも、そんな気がして。
家族…だからかな。
美希の残留は、大変に歓迎された。
調理班のある一名は、このことを知ってたみたいだったけど。
「えぇ~。お姉ちゃん、知らなかったの~?」
「全くな」
「ごめん…。何も言わないで…。組合への挨拶とかに回ってたら…」
「いや、それはいいんだ。問題は、そんな重要なことを報告しなかったやつがいるということだ。誰なんだろうな?」
「誰でしょうかね、隊長?」
「お前だろ。灯」
「あれ?」
「まったく…」
でも、残ってくれたのは本当に嬉しいこと。
それに…
「今日は大人しいね」
「まあね~」
「だって、美希お姉ちゃんが帰ってきたんだもん」
「美希さんの在不在に関わらず、いつもこうだと良いんだけど」
「考えとくよ」
望と響は特にベッタリで。
こうやって、滅多に参加しない洗濯の時間にも、顔を見せている。
「歓迎の祝砲~」
「わっ、冷たっ!」
「ふふん。美希もまだまだだね」
「………」
「こらっ!桜!」
「退散退散~」
「ごめんね、美希さん」
「いや…。でも、いつもこうなのか?」
「お恥ずかしながら…」
「そうか」
これから、思いっきり楽しめそうだな。
…美希の尻尾が、そう言っていた。