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「師匠、何がいいと思いますか?」
「お前は何がいいと思うんだよ」
「私が見ると、武術の指南書ばかりが目に入って…」
「武術にも興味があるんじゃないか、望は」
「そ、そうなのですか?」
「いや、知らないけど」
「えぇ…」
「お前が思うものを選んでやれよ。とりあえず、指南書ばかりが目に入ると言うなら、この区画から離れてみたらどうだ」
「あっ、あぁ、その発想は新しいですっ!」
「いや、新しくないから…。だいたい、指南書しか置いてないんだから、指南書しか見えないのは当然だろ…」
「でも、ここは離れ難いですっ!新しい発見がいっぱいですっ!」
「まあ、望の分だけじゃなく、お前自身が欲しい本もあったら買ってやるから、ここはここでちゃんと見ておけよ」
「は、はいっ!あ、それで、さっきですが、レオナさんは何の本をお求めだったのでしょうか。児童指導の本とかでしょうか」
「韻を踏んだな」
「えっ?児童指導…あっ、いえっ、そ、そんなつもりは…」
「まあ、あいつも望のお祝いを買いに来てたんだよ。気象学の本だ」
「望は、お天気に興味があるのですか?」
「いや。レオナの思い付きらしい」
「そうですか…。では、それ以外のものを考えないといけませんね」
「そうだな」
「でも、なんで師匠がレオナさんと一緒にいたんですか?」
「来たときに偶然会ってな。金が足りないから、リュカに小遣いをせびりに行くところだとか言うから、代わりに払っておいたんだ」
「お金が足りないって、その本はいくらだったんですか?」
「お前が金の心配をすることはない。望のために、好きな本を選んでやれ」
「は、はぁ…。分かりました…」
秋華は、手に持っていた本をパラパラとめくったり、裏返してみたりしてるけど。
値札なんてものは、本には貼り付けられておらず、会計の帳面に全部書いてあるようだった。
…まあ、歌舞伎を桟敷席で五回ほど見られる値段だったな。
足りなかった分は、四分の一くらいだったけど。
そりゃ、図書館が大人気になるわけだ。
「それにしても、ここの本屋さんはすごいですっ。梯子を使わないと、八尺八寸の大男でも、上に届きませんっ」
「あの図書館も似たようなものだろ」
「あそこは、ちゃんと一階二階と階層で分かれていますので、それほどでもないです」
「そうか」
「それでも、私は誰かに取ってもらわないと、上の方は届きませんが…」
「いつか、八尺八寸の大女になれるさ」
「それも嫌ですっ」
「まあ、そうだな…」
しかし、確かに、ここの本棚は背が高い。
床から天井までビッシリだから、会計の看板があんなところにあるのも分かる。
…この本棚が将棋倒しになったら大変だろうな。
「あれ?ここは武術の指南書かぁ」
「あっ、ナナヤさんですっ」
「あはは、やっぱり、秋華はここなんだ」
「は、はい…。すみません…」
「なんで謝るのよ。それで、何か見つかった?」
「い、いえ…。まだこの辺しか見てなくて…」
「そうなの?まあ、なんか見た目よりずっと広いよ、この本屋さん」
「リューナによれば、空間を歪める術を使ってあるらしい。表からの見た目より、敷地面積だけでも四倍は広くなってるらしい。高さは一点五倍くらいらしいけど」
「へぇ、すごいねぇ。さすが妖怪書店」
「まあ、天井が高かったり、こういう本棚が整然と並んでいたりすると、視覚効果で広く見えたりもするからな。外見より広いからといって、疑問に思う者も少ないということだ」
「ふぅん。目の錯覚の逆利用ってやつだね」
「逆利用?」
「じゃあ、一点五倍も高いから、私は背が届かないんですねっ」
「えぇー。秋華は半分になっても届かないんじゃないかな」
「うっ…」
「まあ、何にせよ、早く本を探すことだな」
「そ、そうですねっ。私も、指南書ばかりは見ていられませんっ」
「私は、もう候補はいくつか決めたかなー」
「えっ、は、早いですね、ナナヤさん…」
「ちょちょいのちょいだよ」
「ちなみに、何を…」
「ダメダメ。それは、あとのお楽しみだよ」
「うっ…。そ、そうでしたね…」
「まあ、秋華も頑張ってね。何を選ぶのか、楽しみにしてるから」
「は、はいっ。頑張りますっ」
「じゃあ、私はもうちょっと見て回るから、この辺でね」
「はいっ。またあとで」
「うん。…あ、そうだ。あのね、一番奥に、女の子用の春本が置いてある区画があったよ。あとで行ってみなよ。図書館のとは比べ物にならないからさ」
「も、もう!ナナヤさんっ!」
「あはは。まあ、そういうのも一回見ておいた方がいいと思うよ。それに、自分の本だったら、遠慮なく使えるもんね」
「い、いいです、そんなのっ!」
「そう?残念。私は、秋華にはすっごくいいと思ったんだけどなぁ。ムラムラするよ」
「よ、よくないですっ!」
「ふふふ。じゃあ、まあ、行ってくるね」
「あ、はいっ。行ってらっしゃい」
「指南書以外のところも見るんだよ」
「はい、ありがとうございますっ」
「うん」
そしてナナヤは、また本棚の裏に消えていった。
しばらく、秋華はぼんやりとそっちを見ていたけど。
…しかし、あいつは、よく目敏くそういうのを見つけてくるな。
そういうのだけ、光って見えてるんじゃないだろうか。
「では、師匠。私は、他のところも見て回ってきますので」
「ああ。いい春本があれば、買ってやるからな」
「し、師匠…」
「まあ、春本に限らず、いい本があれば持ってこい」
「は、はいっ。ありがとうございますっ」
秋華は勢いよくお辞儀をすると、術式や妖術の本が置いてある区画へ走っていった。
あいつが何を持ってくるか楽しみだな。
春本は持ってくるんだろうか。
「………」
とりあえず、一人だと暇だ。
見る本もないし。
エスカとリューナでも探すか。