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りると城に戻ってくる頃には、また洗濯も終わってしまっていて。

今日はわざとじゃないんだけど、りるの好きなようにあちこち連れ回されてみると、こんな時間になってしまった。


「ふぁ…」

「疲れただろ」

「ん…」

「まあ、ちょっと昼寝でもするといい」

「んー…」

「ふふふ、こんなに朝早くからおねむか?」

「………」

「もう寝てる」

「ああ」


もう一度背負いなおして、城門をくぐる。

広場では、早起き組のチビ連中が、早速遊び始めていて。

望の土いじりは、今日もとりあえず休みのようだった。

ナナヤが、一人でせっせと何かをしている。


「あっ、お姉ちゃん。どこ行ってたのよ」

「朝の散歩だ」

「散歩?りると?」

「ああ。夜明け前に厠に起きて、すっかり目が覚めてしまったみたいだったから、ちょっと外に連れ出してたんだ」

「ふぅん。まあ、別にいいけど」

「望は休みか?」

「うん。医務室にいると思うよ。風華からの講習が、いろいろとあるみたい。たしか、秋華と一緒だったかな」

「そうか」

「気になるんなら行ってみたら?」

「ああ。それで、お前は何をしてるんだ?」

「ご覧の通り、ちょっと手入れしてるんだよ」

「そうだろうな」

「まあ、大変な作業は普段からセトに任せてあるし、あんまりいつもと変わらないけどね」

「そうか」

「でも、人手は欲しいかなぁ」

「猫にでも頼めばいい」

「えぇ…。手伝ってくれないの?」

「オレは、土いじりのことは分からない」

「簡単だよ。ほら、やってみようよ」

「遠慮しておく」

「えぇー…」


丁重に断って、城の方へと戻っていく。

後ろから、ナナヤの文句が聞こえないでもないけど。

…望と秋華は医務室か。

まあ、様子を見に行ってもいいかもしれないな。



りるを背負ったまま、医務室までやってくる。

中で話し声がしているけど、望と風華だろうか。

とりあえず、中に入ってみる。


「痛かったりしたら、お薬を出してあげるから、すぐに言いなさいよ」

「うん」

「はいっ。分かりましたっ」

「あと、他に注意することはあったかな…」

「あの、ひとついいですか?」

「はい、どうぞ」

「初潮は、赤ちゃんをお腹の中で育てる準備が整ったということを報せているというのは分かりましたが、赤ちゃんはどうやったら女の人のお腹の中に宿るのですか?」

「えっ?そ、それは…」

「……?」

「うーん…。人知を超えた、様々な奇跡が交錯して…」

「確かにそうかもしれないが、そんな説明でいいのか?」

「わっ、ね、姉ちゃん…。いつの間に…」

「今来たところだけど」

「師匠、人知を超えた様々な奇跡とは何ですか?」

「風華にいろいろ聞いたんだな」

「はいっ!望と一緒に、女の人の身体について学んでいましたっ!」

「そうか」


秋華はピシッと背筋を伸ばして正座していて、望は女の子らしく斜め座りをしていた。

風華は、寺子屋で使う黒板にいろいろと書いていたみたいだけど、今は全部消されている。

…とりあえず、りるを近くの布団に寝かせて。


「それで、師匠。奇跡のことですが」

「…じゃあ、まず、ユールオには何人の人がいると思う?」

「えっ?えっと…た、たくさんいますっ」

「秋華、それは大雑把すぎるよ」

「うっ…」

「いや、別にいい。じゃあ、ルクレィには?」

「もっとたくさんいますっ!」

「そうだな。それなら、世界にはどれだけの人がいる?」

「たくさんっ、たーっくさんいますっ!」

「もう開き直ったね、秋華」

「す、すみません…」

「いや、別に詳しい数字は要らないんだ。じゃあ、世界中にたくさんいる人の中から、好き合う男女が出会う確率はどうなる?たくさんいる男の中から一人、たくさんいる女の中から一人選ばれて、その男女がお互いに好きになる確率は?」

「えっと…物凄く低い確率です」

「そうだ。まずここで、ある男女が出会い、好き合うという物凄く低い確率の事象が達成される奇跡が起きた」

「でも、一人の人が世界中の全ての人に会えるわけはないですし、それに、誰に対しても平等に好きになれるわけでもないですし…」

「そうだな。それなら、同じ年頃の男女が、近所同士に生まれて、他の似たような条件の相手に靡くこともなく、その二人が好き合うようになる確率を求めてみようか」

「い、いえ、いいですっ。物凄く低い確率には違いないですからっ」

「そうか。残念だな」

「次の奇跡は何なの?」

「まあ、順調に結婚して、夜を共に過ごしたとしよう」

「夜を共に過ごすことに、何か意味があるのですか?」

「まあ、夜でなくともいいんだけど、そのあたりのことはまた今度に教えてやろう」

「は、はぁ…」

「風華。性器の構造の話はもう終わったのか?」

「まあ、だいたいは終わったよ」

「そうか。…夜を共に過ごし、過程はともかくとして、女の膣内に放出された何億個という男の精子が、脱落に脱落を重ね、もちろん全部が脱落することもあるだろうが、なんとか最後の一個だけが女の(らん)に到達して受精する。ここでも、まず卵がなければ受精も出来ないし、卵がちゃんとあって、放出された精子のうちの必ずひとつが受精するとしても、何億分の一の奇跡が起きるわけだ」

「はわわ…。なんだか、聞いてるだけで恥ずかしいです…」

「いや、なんでだよ…。分からないでもないけど…」

「あのですね、なんかこう、お腹のところがキューッてしますっ」

「…まあ、それは置いといてだ」

「お、置いておくのですかっ」

「受精卵が子宮にちゃんと着床し、胎児として育っていくのも、また難しい。そういういろんな奇跡が重なって、子供が女の腹に宿り、さらにそこからも奇跡が続き、子供は生まれる。生まれてからも奇跡は連続し、今のお前たちがいる。そして、これから、お前たちは誰かを好きになるという奇跡を経て、自分たちの子供を生む。それの繰り返しで、この大地は様々な生き物に溢れているんだ」

「みんな、奇跡に溢れてるの?」

「ああ、そうだ。みんな奇跡だ」

「そうなると、奇跡の大安売りですね…」

「そうだな。売ってはいないが、奇跡なんてそこらじゅうに転がっているんだ」

「全然知らなかったです…。それで、あの、師匠、このお腹の変なかんじはどうすればいいのでしょうか…」

「…自慰でもすれば、収まるかもしれないな」

「ジイ?」

「師匠、ジイとは何なんでしょうか…?」

「ちょっと、姉ちゃん。余計なことは教えないでよ」

「余計なものか。性欲の塊のような思春期の男だけでなく、女にだって自慰は必要なものだ」

「そ、そうは言っても…。秋華と望には、まだ早いよ…」

「いろいろと教えたお前が、今更何を言ってるんだよ」

「うっ…。それを言われると…」

「秋華、望。どうしても今知りたいなら、オレについてこい。教えてやるから」

「は、はいっ…」

「うん」

「もう…」


風華の意に反して、二人とも興味津々のようだった。

まあ、いつかは教えるつもりだったなら、今教えてもいいだろう。


「お母さん、どこに行くの?」

「とりあえず、風呂場かな」

「そっか」

「し、師匠、本当によかったのでしょうか…」

「お前が気にすることはない。いろいろと難しい部分なんだよ」

「そうなのですか…」

「ああ」

「…しかし、思い切ったな、紅葉」

「口を滑らせてしまった以上、責任は取らないとな」

「わざと言ったのだと思っていたが?」

「それはどうだろうな」

「まったく…」


まあ、真実は横に置いておくとして。

私自身、誰かに自慰の仕方を教える日が来ようとは思わなかった。

…とりあえず、二人の成長を素直に喜ぶこととしよう。

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