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今日は、秋華は道場に行かないというのに、また早くに目が覚めてしまった。

布団の中でもぞもぞとしていると、横に澪が寝ているのに気が付く。

間抜けな寝顔だ。

頬を引っ張ったりして遊んでみても、目を覚ますような気配はない。

なんとなく抱き締めてみると、ぽわぽわとして温かかった。

…私の子供を生みたいから、私に男に変化しろと言ってみたり、相当変わってるとは思う。

でも、それだけ想われているというのは、とても嬉しいことだ。


「うーん…」

「………」


頭を撫でてやると、しっかりと服にしがみついてきて。

こういうところは、まだまだ子供なんだなと思う。

…いや、むしろ、ほとんど子供か。

こいつの大人っぽいところといえば…。

すぐには思い付かないな…。


「んー…。おかーさん…」

「ん?どうした、りる?」

「おしっこ…」

「ついていってほしいのか?」

「ん…」

「じゃあ、一緒に行こう」

「ふぁ…」


名残惜しい気がしないでもないが、服を握る澪の手を開かせて。

布団から出て、りるに羽織を着せてやってから、部屋を出る。

リューナも、ちゃんとついてきてくれているようだった。


「おねしょをする前に、よく目が覚めたな」

「おねしょしたら、ちょっとカッコ悪いもん…」

「そうか」

「んー…」

「まあ、おねしょは格好悪いかもしれないな」

「おかーさんは、おねしょしたことある…?」

「さあ、どうだったかな。でも、人間は、小さいうちはおねしょしてしまうものだ。今日、りるがおねしょする前に起きられたということは、少し大人に近付いたということだな」

「んー…。オトナって何…?」

「何だろうな。私にも、まだ分からないけど」

「おかーさんは、オトナ…?」

「それも分からない。本当は、大人と子供の区別なんてないのかもしれないけど」

「んー…?」

「まあ、りるは、今日は少し成長したってところかな」

「ん…」


分かってるのか、分かってないのか、りるはまた大きな欠伸をして。

普通のときに聞いても、分かるかどうかは疑問であるようなことではあるけど。

…それに、おしっこに行きたいとは言っていたけど、今すぐにでも漏れそうなくらい、切羽詰まっているというわけでもないようだ。

事前に起きられたというのは、やっぱりかなりの進歩だと思う。


「懐かしいな。昔を思い出す」

「エスカか?」

「ああ。エスカは、よく寝小便をする子だった。朝になって気付いて、泣きながら私を起こして。布団くらいすぐに洗って乾かせるし、そんなに泣くほどのことでもないのだがな」

「まあ、お前なら、豪快に渦潮でも作って洗えそうだけどな」

「それに、一日中熱風を当てていれば、夜には乾いてるからな。エスカも分かっていたはずだが、寝小便をするたびに、一日中メソメソと泣いていて。今のりるの話を聞いて分かったが、エスカも格好が悪いと思って泣いていたんだろうかな」

「エスカに聞いてみればいいじゃないか」

「お前は無理難題を押し付ける。そういう幼少期の恥を本人に聞いて、ちゃんとした回答を聞けると思うか?」

「思わない」

「まったく…。やはり確信犯だったな…」

「まあな」

「ふぁ…」


と、りるが欠伸をしたところで、ちょうど厠に着いた。

個室のひとつにりるを入れて、扉を締めようとすると。


「んー!」

「なんだ、扉を締めてほしくないのか?」

「ん…。怖い…」

「そうか。じゃあ、開けておくよ」

「ん」


まあ、この薄暗い時間帯は、扉を締めると個室の中は真っ暗になって、充分な大人でも怖がるほどだからな。

たとえば、灯とか。

あいつは個室でなくとも、暗い廊下というだけでダメだから、よく叩き起こされた。

しかし、灯という名前なのに、暗闇を恐れるとはな。

名前負けしてるんだろうか。

…まあ、だからと言って、一晩中蝋燭を灯しているわけにもいかないし。

りるが私を呼んだのも、そのせいなのかもしれないな。


「ふふふ。やはり、小さな子供がちょこんと座っている姿は可愛いな」

「お前の場合、何をしてても可愛いとか言い出しそうだけどな」

「うむ、その通りだな。誠、幼児(おさなご)とは愛らしいものよ」

「エスカを育てようと思ったのも、そういう理由か?」

「いや、昔は、子供は好きでも嫌いでもなかったんだ。だが、テスカトルが無類の子供好きだからな。私が最初、赤子のエスカを目の前にして呆然としていたときに、テスカトルがちょうど訪ねてきて、いろいろと叱ってくれたのだ。それから、セカムにも、一通り人間の子供の世話の仕方も教えてもらい、自分でも世話を焼いているうちに、堪らなく愛おしくなってきてな。それからはもう、私も子供が好きになった」

「母性だな」

「ふふふ、そうかもしれん」

「しかし、セカムは人間の子供の扱いを知っているのか」

「あいつ自身、孤児院の支援をしていると聞いたことがある。たしか、管理はリョウゼン書店だが、セカムが本で売り上げた収益は全て、孤児院の維持費に当てられているらしい。まあ、あいつらは、金などなくとも生きていけるからな」

「ふぅん。それで、孤児院にいる子供の世話をすることもあったから知っていたと」

「そうだろうな」

「意外だな、セカムがそんなことをしてたなんて」

「あの仏頂面では、子供も逃げてしまうというものだな」

「ああ」

「しかし、もしかすると、子供には笑顔でもなんでも見せているのかもしれないな」

「素直な子供の前では、自分も素直になれる気がするしな」

「うむ。それはそうだ」

「…おかーさん、紙がない」

「ほら、これをそこに置いといてくれ」

「んー」

「ちゃんと、一人でキレイキレイ出来るのだな」

「ん、出来るよー」

「ふん。お前から、キレイキレイなんて言葉が聞けるとはな」

「いちおう、一人娘を育てた親なのだが」

「そうだったな」

「それでね、おしっこしたらお股のところが汚くなるから、服が汚れないように、ちゃんと下着も穿くんだよ」

「ほぅ、そうなのか」

「ほら、先にちゃんと穿け」

「それでね、それでね、夜にお風呂に入ったとき、お水で流してね、ここもちゃんとキレイキレイするんだよ」

「そうか、なるほどな」

「ね、ね!りる、偉い?」

「ああ、偉いぞ。こんなに偉い子は初めて見た」

「えへへー」

「だから、これからも、ちゃんと偉い子でいるんだぞ」

「うん!りる、偉い子だもん!」


りるは、下着を穿いて水を流すと、個室から飛び出してきて嬉しそうに跳ね回る。

偉い子なら、もう少し大人しくしてほしいものだけど。

まあ、それはいいか。


「よし。じゃあ、帰るぞ」

「うん!」


りるはすっかり目が覚めてしまったようだな。

部屋に戻って、朝までもう一眠り出来るかどうか心配だけど。

まあ、眠れなかったら眠れなかったで、また外へのんびり散歩にでも連れ出してやってもいいかもしれないな。

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