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「なかなか興味深い講義だったな」

「オレは、またお前がペラペラ喋り出さないか心配だったけどな」

「今日は静かにしていただろう」

「まあ、そうだな…」

「おれだって、やるときはやるんだ。見くびらないでほしい」

「はいはい…。お見逸れいたしました…」

「まったく。リュナムクからも何か言ってやれ」

「…ん?私か?」

「お前も話を聞いてなかったのか。おれの周りは、そんなやつばかりなのか!」

「大声を出すな、みっともない」

「大声のひとつや二つ、出したくもなる。リュナムクは、おれを何だと思ってるんだ」

「何って、テスカトルだろう。他の何者でもない」

「嘆かわしいな、まったく…」

「お前、なんか支離滅裂だぞ…」

「鬱憤が溜まっているのだろう。言わせるだけ言わせておけばよい」

「鬱憤など溜まっていない」

「では、もう少し静かにしていろ」

「なぜだ。ずっと我慢していたのだぞ」

「我慢してたから、その反動か…」

「まあ、好きなだけ話させておけ」

「なんだ、それは。まるで、おれが、駄々を捏ねる子供みたいだと言わんばかりだな」

「まさにそうだけどな…」

「紅葉。今のテスカトルには構わない方がいいぞ」

「リュナムクまで、おれを疎外するのか」

「そういうわけではなくてだな…」

「もういい。おれは、紅葉からもリュナムクからも疎外されてしまうんだ」

「面倒くさいな、こいつ…」

「普段あれだけ喋るやつだ。長く黙ってるとなると、その分の反動も大きいんだろう」

「はぁ…」


一足先に終わった民族学の講義から帰ってきて、テスカトルはどうも強く感銘を受けたらしく、もともと落ち着きのないのが、さらに大変なことになっていた。

まあ、自分で言っていたように、長い講義の間、一言も話せなかったことの反動というのもあるかもしれないけど。

…とりあえず、自己管理はいちおう出来るみたいだな。


「あの講師は、なんという名前なんだ?著書とかはあるのか?」

「いや。そういえば、全然知らないな。どういう人物なんだろ」

「なんだ、謎の人物か?ますます興味深いな。やはり、研究者はそれくらいでないと」

「そうなのか?」

「テスカトルの持論だろう。お前は昔からそうだったな。謎を探求する者は、同じく謎めいていなければならないとか、わけの分からないことを言って」

「わけが分からないこともないだろう。謎は、誰かに解かれるまでは謎でなければならない。人も同じだ。謎が多く、奥ゆかしい人物こそ、謎を解くのに相応しい」

「なんで、自身も謎多き人物である必要があるんだよ…」

「それは気分の問題だ。それに、謎が多い方が、人を惹き付ける」

「それは否定しないけど」

「おれが旅を続けているのも、そういう謎めいた人物を演出したいからだ。ほら、おれはこんな性格だから、謎も何もあったものじゃないし」

「ふむ。初めて聞いたな」

「充分謎だろ…。お前の行動原理とか、考えていることとか…」

「おれの謎は月並みさ。本物の謎の人物じゃない。それでも、おれは、謎っぽい人物になりたくて、なんとか演じようとしているんだ」

「お前の言う理想がどれほどのものかは知らないけど、人なんてみんな、充分謎めいている。相手が何を考えているのかも分からないし、相手の全てを知ることなんて出来ない。月並みとか、そういうのじゃなくて、目の前にいる相手は常に、自分の知らない、神秘に包まれているんじゃないのか」

「…まあ、そうかもな」


テスカトルは、ため息をつくと、少し空を見上げて。

空には、鳶が飛んでいた。


「…テスカトルさま」

「ん?セカムか。どうした。エスカとの逢引はもういいのか」

「テスカトルさま。お言葉ですが、私たちは逢引をしていたわけではありません」

「はいはい。冗談の通じないのは、こういうときにつまらなくなるな」

「…申し訳ありません。これからは、より一層、精進してまいります」

「はぁ、これだからセカムは…」

「お前たち、よく一緒に旅が出来てるな…」

「上手く均衡を保っているんだよ、これくらいで」

「そうかよ…」

「まあ、堂々と皮肉のひとつや二つ、言えるようにしておかないと、おれの相手なんてのは出来ないだろう」

「そんな気はするな」

「そういう意味では、紅葉は合格だ」

「………」

「まあ、おれの従者になる気はないだろ?」

「あるわけないだろ。オレは、ここを守らないといけないし」

「はぁ、そうだな。全く残念だ」

「………」

「それで、セカム。何の用事だ?」

「講義が早めに終わりましたので、これから少し散歩にでも行かないかと誘われまして」

「あぁ、そうか。そんなことは、わざわざおれに言いに来なくともよい。まったく、若い二人の未来を祝して。乾杯…だな」

「有難き幸せです」

「いや、まったく意味が分からないからな…」

「冗談だ。そら、さっさといけ」

「はっ」


そう短く言って頭を下げると、次の瞬間には、セカムはもうどこかへか消えていた。

本当に、こんな正反対の二人が一緒に旅を続けているというのが信じられない。

でもまあ、テスカトルの言う通り、そうやって補いあっているのかもしれないな。

まったく、人というのは不思議なものだ。

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