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「民族は多種多様であり、信じるものひとつ取っても、狼であったり、蛇であったり、ときには、ある山自体を信仰しているということもあるんだね。僕らに広く広まっているものとして、まずは神道が挙げられるけど、神道ほど間口の広い宗教はないと思うね。日ノ本に住む人らは、知らず知らずのうちに神道を信仰し、その考えに従っている。これは、日ノ本に住む、どの民族に対しても言えること。北の民族も、神道という名前ではないが、同じような信仰を持っているんだね。そして同時に、僕らは仏教の信仰や考え方も取り入れてる。お盆やお彼岸というのは仏教の行事だし、お経なんてのも仏教のものだ。神さま仏さま!なんて言ったりもするよね。言わない?」
「えっ、あ、い、言います…」
「よかった。一瞬、僕だけなのかと思っちゃったよ。まあ、そういう風に、多数の民族間で、二つ以上の宗教を同時に信仰してるなんて、普通は考えられない話なんだよ。海の向こうでは、お隣さんと同じ宗教を信じてるのに、宗派が違うからと言って戦をしている国もあるらしいからね。まあ、ここ日ノ本も、領土を巡る戦なんてつまらないことしてるけど。子供の陣取り合戦みたいだって思ったことない?ほら、地面に自分の陣を描いて、少しずつ広げていくっていう。ねぇ?」
「えっ?あ、そ、そうですね…」
「あれのコツはね、自分が陣を描くために選んだ棒でもって、グルリと回ったときに出来る円より大きな陣を持たないことなんだよね。僕は、それを間合いと呼んでるんだけど、自分の手に負える範囲よりも広い陣を持つと、必ず他の陣からの猛攻を受ける。だって、広い陣の方が、取ったときの勢力拡大の見込みが大きくなるもんね。一番最初に一番大きな円を描いた武将…あぁ、僕は、陣取り合戦で遊んでる子を武将と呼んでるんだけどね、そういう武将は、終わる頃には立ってるだけがやっとの小さい陣しか持ってないことが多いんだよ。そうでなくとも、攻撃を受けて、陣に綻びがあったりね。穴がある陣なんてのは陣とは言えないから、そういう武将は負けを宣告される。一方で、自分の間合いを越えない小さな陣しか持ってない武将でも、地道に敵将の陣を潰して回り、適宜、自分の陣を修理出来ていた武将は、一番ではないかもしれないけど、べべでもないっていう、中堅どころにきっちりと収まっていることが多い。つまり、陣は自分の手の届く範囲の分だけしか持っちゃいけないってことだね。僕は、この国ルクレィは、それがきちんと出来ていると思う。地理的に有利というわけでもないし、資源があるわけでもない。でも、この小国が、古文に書かれた時代から戦が渦巻く今の時代まで、他国に攻め入られることもなく、まあ、一部の時代に不具合はあったものの、密やかに文化を築いてこれたのも、陣取り合戦に於ける負けない秘訣を守り、慎ましやかに生きてきたからだと思うんだよね。僕は、ルクレィに拍手を贈りたい」
そう言って、一人だけで拍手を始める。
でも、数人がつられてパラパラと拍手を始めた頃には、ピタリとやめていて。
「さて、話の続きといこうか。日ノ本の、この民族というのは、実に面白い民族だ。二つ以上のものを受け入れ、なおかつ上手く利用出来ているからね。お寺でお経を唱えていたお坊さんが、家に帰ったら神棚に手を合わせるなんて、本当なら滑稽な話なんだけど。でも、僕らはそれが真面目に成り立つから面白い。実に面白い。…面白かったら、笑ってもいいんだよ?」
「可笑しいという意味の面白いじゃないだろ。興味深いという意味の面白いであって」
「そう、そうだね。笑っちゃダメだ。そういう面白さじゃない。僕らは、この国に生まれたことを感謝し、誇りに思うべきだね。まあ、この興味深い民族の中にも、実に様々な民族がいる。大きく分けて二つ。我々の民族と、北の民族だ。北の民族とは相違点も多く、同じ民族としていいのかという反論もあるかもしれないけど、僕は、同じ日ノ本に住むひとつの大きな民族の、二つの小さな区分にある民族だと考えてもいいと思ってる。相違点を見てしまうと、極端な話、一家族で一民族とか、個人個人で一民族だと考えないといけなくなるでしょ。だから、類似点を挙げていくことにした。そしたら、相違点も多いけど、類似点もすごく多いんだよね」
そう言いながら、黒板に類似点を次々と書いていく。
宗教、考え方、農耕文化…。
おかしなものとして、異性の好みというのも書いてあるけど。
…本当なのか?
「なんか素敵でしょ、僕らには、こんなにたくさん似てる場所があるんだって思うと。思わない?」
「思います」
「だよねぇ。やっぱり、他人の粗探しなんてしちゃダメなんだよ、うん。どこが違う、ここが違う、じゃないんだよ。違ってて当たり前なんだから。同じ場所を見つけて、みんなで一緒だねって言って分かち合うのが、一番いいんだよ。民族の研究をしてると、本当にそう思うよ。ちょっとした違いを受け入れられないで、そればかりを強調して手を取り合おうとしない。まあ、そりゃ、気に入らない隣人もいるだろうけどさ。何なんだろうね、まったく。お互いにいがみ合ってる本物の武将たちが、童心に返って、子供たちみたいに陣取り合戦をしてみたら、戦なんてのは綺麗さっぱりなくなっちゃうんじゃないのかな。子供の心ってのは、いつまで経っても忘れちゃダメなんだよ。僕みたいに、いつまでも子供ってのもダメだけどね」
そう言いながら、脇に置いてあった小さな袋から飴を取り出して、なぜか私に渡す。
くれるなら貰うけど…。
行動原理が謎だな…。
「次は何を話そうかな。んー、あ、そうそう…」
それからは、地域による信仰対象の違いについての講義が始まって。
最初は、このあたりの主な神の話からだった。
…この謎多き人物は、何を思って、民族学の研究をしているのだろうか。
そして、何を思って、ここで民族学を教えてるんだろうか。
それは本人にしか分からないことだけど。
まあ、今は、この講義に耳を傾けるとしよう。