540
寺子屋午前の部が終わり、みんなで昼ごはんの時間。
私は、テスカ、セカム、レオナ、澪の四人とごはんを食べることにして。
リューナは、国語の授業を聞いていたテスカトルと一緒に、私たちからは少し離れたところで、何か談笑しているようだった。
「知ってるぞ、トモダチ!私もトモダチが欲しい!」
「じゃあ、私とお友達になってくれる?」
「うん、いいぞ」
「ふふふ、ありがと」
「…おい、いいのか、レオナ。エスカの友達がどんどん増えていってるみたいだけど」
「まだセカムと澪だけやし、友達が増えるんはええことや。それに、うちが口出しするようなことでもないし」
「そうか」
「………」
エスカの対人恐怖症とでもいうような怯えは、友達を作るという一種の勇気で、幾分かは和らいでるみたいだった。
レオナとしては、なんとも複雑みたいだけど。
「あ、そうだ、レオナさん。さっき、算数で分からないところがあって、聞きそびれてしまったんですけど…」
「セカムに聞いたらええやん」
「えっ?あの…」
「八つ当たりするなよ」
「してへんし。…銀次んとこ行ってくる」
「まったく…」
「あの、私、レオナさんに、何か悪いことをしてしまいましたでしょうか…」
「気にするな。エスカに友達が増えて、拗ねてるんだよ」
「そ、そうなんですか…?じゃあ、もうあんまり増やさない方が…」
「お前がそんな気遣いすることはないよ。心配せずに、どんどん増やしていけ。今のお前には、それが必要だ」
「は、はい…」
まったく、自分で言っておきながらエスカに余計な心配を掛けて…。
あいつも、拗ねてても仕方ないってことは分かってるはずだけど。
…まあ、レオナが自分で解決するのを待つしかないな。
もう子供じゃないんだから。
「なあ、エスカ。エスカにも、月のものってのはあるのか?」
「えっ?な、なんでそんなこと…」
「昨日のお祝い、望に初めて月のものが来たお祝いだったんだろ?」
「まあ、そうだね…。興味があるの…?」
「ある」
「そ、そっか…。うーん…」
「……?」
「…澪。好奇心というのは悪いものではないが、時と場合を考えた方がいいものもある」
「これは、そういう質問なのか?」
「まあ、そうだろうな。エスカのは知らないけど、月のものについては、みんなにどう説明したものかと考えているところだ」
「ふぅん。それで、どうなんだ?」
「はぅ…」
「お前、オレの話を聞いていたのか?」
「だって、気になるんだもん…」
「い、いいですよ、紅葉さん、澪ちゃん。話しましょう」
「いいのか、エスカ?言っておいてなんだけど、私は別に…」
「いいんです。澪ちゃんが知りたいって言うんだったら、私はそれに応えてあげたいです」
「エスカ。友達になったからといって、嫌なことは嫌だと言えばいいんだぞ」
「嫌なんかじゃありませんよ。好奇心は、澪ちゃんにとって大切なことですから」
「…そうか。そこまで言うなら、私は何も言えないよ」
「は、はいっ。あの、澪ちゃん。私にも、みなさんと同じように、月のものはあります。私のこの身体自身、リュナムクさまのお力をお借りして維持しているものなので、普通の方々とは違うものかもしれませんが…」
「ふぅん…。そうなんだ…」
「お察しの通り、リュナムクさまのお力が通じているとなると、本来の、普通の人間との子宝を授かることは難しいやもしれません」
「えっ…と、あの…?」
「申し訳ありません。しかし、もし、そういったことをお考えになっていては、と思いまして。無礼をお赦しください」
「あ、あの、まだそんなことは全然考えてなくて…。誰かと結婚しようとか、えっと、その、子供のこととか…」
「そうでしたか。申し訳ありませんでした」
「い、いえ。でも、ありがとうございます。私はもう、人間としての恋は出来ないんだって、改めて分かりましたから」
「………」
「エスカ…」
「これで、心置きなく人間としての私を捨て、これからは、より一層、リュナムクさまにお仕えすることに集中出来ます」
「………」
「おい、どうするんだよ、セカム…。エスカが…」
「…エスカ。月のものがあるということは、それでも、エスカの身体は自身の子を宿す準備をしているということです。そのことを、お忘れなきよう」
「はい。でも、私は大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます、セカムさん」
「………」
エスカがニッコリと笑い掛けても、セカムはいつもの仏頂面を保ち続けて。
でも、なんだか少し動揺しているようにも見える。
そんなことを、つい軽く言い放ってしまったことを後悔しているといったところか。
…他のものも混じっているようにも見えたけど、私の勘繰り過ぎだろうな。
どうも、年頃の娘たちを多く抱えていると、恋愛とかなんだとか、そういう方向へ考えが逸れていってしまう。
まあ、私の勘が当たっているとすると、この仏頂面にも、いつもとは違う意味があるように思えてくるけど。
「でも、私にも来るのかな、月のもの」
「さあな。だいたい、お前はもともと男だろ。姿だけ女になったくらいで、月のものがあるとも思えないけど…」
「む…。それもそうか…。私もお祝いしてもらいたかったな…」
「まあ、何かの機会があれば、また祝ってやるから…」
「その変化が術式の変化であるなら、月のものは通常通りあるでしょう。変化の術式は、記憶や、場合によっては、この世界に残っている情報から、変化したいものそのものに自分を変容させることが出来ます。実在する、あるいは、実在したものにしかなれないという欠点はありますが、形だけではなく、全てを正確に再現出来るという点では、妖術の同様の術を遥かに上回っています」
「じゃあ、私にも月のものは来るのか?」
「来る可能性は充分あります」
「そっか。えへへ、楽しみだなぁ」
「それどころか、相手の男性がいれば、妊娠や出産も可能でしょう」
「なんだと!紅葉!今すぐ、変化の術式の練習だ!」
「いや、意味が分からないし、お前がもとの姿に戻る方が早いだろ…」
「あ、そうだな。でも、それじゃ、紅葉の子供を生めないじゃないか」
「お前、思考回路まで完全に女になってるんじゃないか?」
「なんでだ。私は、大好きな人の子供を生みたいだけで…あれ?」
「男性は子供を生みませんよ」
「そっか…。そうだな…。でも…あれ?私は、紅葉の子供を、生みたい…。うーん…。本当ならどうなるんだ?」
「はぁ…」
私に澪の子供を生んでほしい、だろ。
私には、夫が何人いるんだという話だけど、澪が今言ってるようなことになると、妻であり夫でもあるという、わけの分からない構図が成り立つ。
…出来れば、私をそんな風なものに仕立て上げてほしくないものだけど。
だけど、考えようによっては、自分の子供を生んでもらうなんていうのは、男にしか出来ない経験だからな。
普通は、自分の子供を自分で生むという女の経験ばかりに焦点が当てられがちだけど、物事には必ず、いろんな側面が備わっているということだろう。
澪の言う通り、女の私にとって貴重な男の経験をするために、変化の術式を勉強してみるのも面白いかもしれないな。