537
「おはようございます、師匠」
「ああ、おはよう」
「昨日は、望のお祝いがあったみたいですね」
「そうだな」
「私もお祝いしたかったですっ」
「また今度、改めてすればいい」
「そうですか?」
「オレたちも、何か贈り物でもしようかと思ってるんだけど、何がいいのかとか、まだ考えられてなくてな」
「そうなのですか」
「また一緒に考えよう」
「はいっ。あ、でも、今日も道場です…」
「心配するな。すぐには決まらないだろうし」
「そ、そうですか?なんだかすみません…」
「いや。じっくりと、いいものを考えよう」
「はいっ。では、今日はこれくらいで。また夕方に来ますっ」
「ああ。行ってらっしゃい」
「行って参りますっ!」
いつものように一度お辞儀をして、秋華はパタパタと走っていった。
門を出て見えなくなるまで、セトと二人で見送って。
…いや、リューナもいたな、そういえば。
「道場とは、何の道場なんだ?」
「言わなかったか?剣道と拳法だ。今日はどっちだったかな…」
「ほぅ。あんな細こい小さな身体で」
「秋華の前で言ったら落ち込むぞ」
「それは承知している。だから、今言ってるのだ」
「そうかよ」
「ふふふ。まあ、秋華の腕前がどんなものなのか、見せてもらいたいものだな」
「あいつは強いよ。剣道では、光の方が強いみたいだけど」
「ふむ。良き仲間がいるのだな」
「ああ」
「成長には欠かせないものだ」
リューナは感心したようにため息をついて。
最近は見てないけど、着実に成長しているのは間違いないだろうな。
秋華の様子を見ていれば分かる。
…まあ、無理をしすぎないように見ておいてやらないといけないのも確かだろうけど。
「あぁ、いたいた」
「ん?なんだ、レオナか」
「なんや、ご挨拶やね」
「いや…」
「セトの噂のハゲは…なんや、治っとるやん。つまらん」
「もう結構経つんじゃないか?」
「ふむ。何のことかは知らないが、龍の治癒の早さは折紙付きだからな」
「また引き抜いたろか」
「オォ…」
「やめておけ…」
「はぁ、まあええわ。よっこいせ」
レオナは、私の横に大儀そうに座ると、大きなため息をついて。
…なんか、年寄りくさいな。
「姉ちゃんも手伝ってくれたら、もっと早ように済むのになぁ」
「小十郎が手伝ってるんだろ。オレなんかより、ずっと働いてくれるんじゃないのか?」
「それはそうやけど。人数多い方が、もっと早いやろ?」
「オレは、朝には働かない主義だ」
「そんなんゆうて、朝だけやのうて、昼も晩も働いてないやん」
「まったく、部下たちが優秀で困る」
「またそんなことゆうて…」
「そういえば、今日は何の授業なんだ?」
「えぇ?話逸らしてへん?」
「逸らしてないけど」
「…今日は、いつもの習字、算数、数学、裁縫、民族学と、国語やな」
「ふむ、国語か。テスカトルが喜びそうな授業だな」
「この前みたいなことにならないようにしてもらいたいものだけどな…」
「うむ…。あいつは本来、ああいう激情に駆られたりするようなやつではないのだがな…」
「まあ、分かってるけど」
いくら温厚なやつでも、激しく怒ったりすることはある。
あの桐華でさえ、私でも手が付けられなくなるほど激昂したことがあるくらいだ。
それを考えれば、テスカトルのあの怒りも理解出来る。
…桐華のような、普段は温厚な人間が激昂するときは、自分が大切に思っているものを傷付けられたときだ。
テスカトルは言葉だったし、桐華は…何だったかな。
自分はどう言われても構わないのに、他のもののために怒る。
なんとも不思議な人種だ。
「はぁ、まあ、なんにしても、望になんかお祝いしたった方がええんやろか」
「それは、お前の自由にすればいい」
「そんなことゆうたってなぁ。やらんわけにはいかんやろ」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるわ。どないしょっかなぁ…」
「紅葉は、秋華やナナヤたちと連名で贈り物をするそうだが」
「あっ、ええね、それ。あー、でも、うちからの贈り物ゆうて渡したい気もするし…」
「優柔不断なのだな、お前は…」
「そんなことないわ。快刀乱麻のレオナ言われてるんやで?」
「誰にだよ」
「うち」
「………」
「兄ちゃんにかて言われてるし!」
「はぁ…。じゃあ、泣き虫レオナ以外に付けた二つ名があるかどうか、聞いておくよ…」
「あっ!もう泣き虫ちゃうもん!」
「はいはい…。いちいち大声を出すな…」
「泣き虫だったのか?」
「泣き虫ちゃう!」
「昔から負けず嫌いだったからな。リュカやオレに挑み掛かって、負けるたびに泣いていた」
「ちゃうし!泣いてへんし!」
「昔から仲がよかったのだな」
「それはそうやけど…。あっ、せや。姉ちゃんと兄ちゃんて、昔は好き合うてたんやで」
「そうか」
「お前こそ、話を逸らしてるじゃないか…」
「でも、姉ちゃんが衛士長んなって忙しなってからは、最近になるまでずっと会えてなかったし、姉ちゃんはいつの間にか結婚してるし」
「ほぅ」
「兄ちゃん泣いてたで」
「いや、それは嘘だろ…」
「嘘やけど」
「まったく…。この前もそうだけど、お前はリュカとオレをくっつけて、どうしたいんだ」
「どうて。兄ちゃんと姉ちゃんがくっついたらええのになぁ思てるだけやで。だって、あの頃は、絶対二人は結婚する思てたもん」
「昔と今は違うだろ…」
「早く姉ちゃんの子供、抱っこしたい」
「唐突だな…。それに、それは犬千代ともいろいろ相談してだな…」
「犬千代て、国王の利家さんやろ?利家さんが忙しいねんやったら、うちの兄ちゃんと寝たらええやん。いつでも貸したんで。姉ちゃんが生んだら、姉ちゃんの子供や」
「またお前は、そういうことを平気で言う…」
「だってぇ」
「…じゃあ、オレは、お前の子供を早く抱いてやりたいな」
「何をおばあちゃんみたいなことゆうてんねん」
「お前も言ってただろ…」
「うちは、まだ若いからええねん」
「オレだって、お前といくつも違わないだろ」
「えぇー。全然違うしー」
「お前な…」
「まあ、紅葉の方が、幾分大人だろうな」
「うちも大人やし」
「そんなことを言ってる間は、まだまだ子供だということだ」
「大人やし!」
大人はたぶん、大声で大人だと主張することはないと思うけど。
そんなことを言うと、また面倒なことになるから言わないけど。
…とりあえず、ちょうどレオナの話し相手がリューナに逸れたことだし。
私はもう一眠りしようかな。
「あっ!寝てる!」
「よいではないか。寝かせておいてやれ。もともと朝の早い体質ではないのだろう」
「いくら寝ても、乳は大きならんからな!」
「………」
平和に二度寝くらいさせてくれよ…。
それに、胸の話は、今は関係ないし…。
まあ、それからは、リューナと何か話してたみたいだけど。
…もうしばらく、セトの布団に埋もれていたい。