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夕飯はなかなか豪勢なものだったけど、なぜそういうものが出されたのかということは説明されず、少し恥ずかしそうな望がこちらの大人たちが多く座る区画にいるくらいが、いつもとは違うところだった。
この前のアセナのように玉座が作られるわけでもなく、ほとんどの子供たちは何も知らずに、美味しい料理に舌鼓を打っていて。
…遙が、旅団天照で何か楽器でも演奏しようかと言っていたが、断っておいた。
「望、おめでとう。ささやかながら、旅団天照からの贈り物だよ。本当は、お祝いの歌でも歌ってあげようかと思ってたんだけど。地味でごめんね」
「あ、ありがと…。ございます…」
「あはは、緊張しちゃって。大丈夫よ。こんなお祝いは今日だけだから。明日からは、まあ、しばらくちょっと忙しいだけで、普通の生活に戻るから」
「う、うん…」
「しかし、急なことだったのに、よくお祝いなんて用意出来たな」
「それは、ほら。月読の情報網で」
「………」
「あはは、望が貧血で倒れて、ナナヤが食堂でお赤飯を炊いてもらってるって聞いただけだよ。そこからちょっと推理してね。望に関して、紅葉以上の情報は持ってないよ」
「まったく…」
「あ、あの、開けていいかな…」
「ん?あぁ、どうぞどうぞ」
「うん」
望が包みを開けていくと、中から出てきたのは犬の人形だった。
リューナが言ってたやつだろう。
…慌てて買いに行かなくて正解だったな。
ここで被ると、昼前には用意を始めた天照と、夕方から用意しようとした私たちでは、ものがだいぶ違ってくる可能性がある。
あるいは、全く同じものだったり。
まあ、値段とかそんなものではないのは分かってるけど、せっかくのお祝いなんだから、ちゃんとしたものを贈ってやりたい。
「犬のお人形?」
「クシュっていう地方では、初潮のお祝いに、多産と安産のお守りとして、犬の人形を贈るそうよ。巻き尾の黒犬に赤の羽織を着せて、羽織には白でお祝いをする子の名前を刺繍するの」
「ホントだ」
「…私の情報より、遥かに詳しいな」
「天照が裏でやってる月読は、最大規模の情報屋だからな。極秘事項とも思えることや、個人のつまらない事情まで、詳しく調べ上げてる」
「紅葉。月読で集めてるのは、あくまでも、お金になる情報、いろんなことが左右されるような大変な情報、あとは、友達の近況だよ」
「最後のが余計なんだよ」
「えぇー。最後のが重要なんじゃない」
「勝手にいろいろと調べ上げられる身にもなってみろよ…」
「大丈夫大丈夫。厠に入ってる長さとかまでは調べないから」
「………」
「さあ、望のお祝いの続きといきましょうか」
遙は適当に話をはぐらかすと、望の皿に山盛りの料理を取ってきて。
ただでさえ戸惑い気味の望を、さらに困惑させていた。
まったく、こいつは…。
とりあえず、私も近くにあった唐揚げを取って、口に入れる。
…汚れないように、横に置かれている犬の人形を見る。
巻き尾の黒い犬は、白足袋を履いていて、なんだか望に似てると思った。
赤い羽織の袖の目立たないところに、赤糸で旅団天照という小さな刺繍がしてあって。
天照で作っているものなんだろうか。
だから、すぐに用意出来たのかもしれない。
名前の刺繍も、何日掛けて縫ったんだというくらい凝ったものだった。
さて、私たちからは、どんなものを贈ろうかな…。
望と一緒に風呂に入り、月のものがある間の入浴について、いろいろと注意も済ませて。
部屋に戻ってくると、いつも通り、布団がきっちり敷かれていた。
「あっ、ほら、来たぞ、ツカサ!」
「う、うん…」
「なんだ、お前ら」
「わっ、あっ、ね、姉さん、もいたんだ…」
「それを言うなら、リューナもいるけどな」
「うっ…」
「何か用か」
「ね、姉さんにじゃないんだけど…。望に…」
「望。ツカサから話があるそうだ」
「うん」
「ほら、ビシッと言えよ」
「う、五月蝿いなぁ…。翡翠はちょっと黙ってろよ…」
「どうしたの、ツカサ?」
「えっ。あ、あの、初潮が来たって、ナナヤから聞いたからさ…。こ、これ…」
「何、これ?」
「あ、開けてみて…」
望は、ツカサに渡された小さな包みを開けていく。
すると、中には小さな箱が入っていて。
それを開けると、中には銀色の指輪が入っていた。
「指輪?」
「涼さんに貰ったんだ。お祝いに、これを渡すといいって」
「ふぅん…」
「えっと、どこだっけ。左手の薬指?」
「そうそう。たぶん」
「ふむ。左手の薬指か」
「わっ、リュナムクさん…」
「お前ら、どういう意味でそれを貰ったんだ?」
「どういう意味って、どういうこと?」
「普通に、これを渡せって言われただけだったよな」
「うん。それがどうかしたの?」
「いや…まあいい。とりあえず、ツカサがつけてやれ」
「えっ?そ、そうだね…。じゃあ、望…」
「うん」
望から指輪の入った箱を受け取り、ぎこちない手付きで望の左手の薬指に指輪を嵌める。
ツカサに翡翠、それに望も、普通はどういった意味の指輪をその指に嵌めるのか、ということを知らないみたいだけど。
まったく、本当に、涼は余計なことばかりを吹き込むな…。
しかも、重要なことを隠しておいて。
…まあ、今回は、それを利用させてもらおうか。
「ありがと、ツカサ」
「う、うん…。でも、自分で買ったりしたやつじゃなくてごめんな」
「いいよ、そんなの」
「ま、また、俺からのやつも買ってくるから…」
「うん。えへへ、嬉しい」
「………」
「熱いねぇ、お二人さん。汗が出てくるよ」
「ひ、翡翠、茶化すなよ…」
「でもさ、何の指輪なんだろうね。涼はすぐに出してきたけどさ」
「左手の薬指につける指輪なら、もしかすると…」
「リューナ。今は黙っておいた方が面白い」
「えっ、何?何なんですか、リュナムクさん」
「うむ…。紅葉がやめておけと言うのなら、今は身体を借りて憑依している以上、私は逆らえないからな…」
「えぇー…。なんで秘密なんだよ、紅葉」
「だから、その方が面白いからだ」
「面白いって、姉さん…。人を笑いの種にしないでよ…」
「笑いの種にしようとは思っていない。ただ、その指輪の本当の意味を知ったときの、お前たちの反応を見てみたいと思っただけだ」
「えぇ…。そんなこと言われると、余計に怖くなってくるよ…」
「まあ、楽しみにしてるよ」
「えぇ…」
不安そうな顔をする二人と、不満そうな顔をする翡翠とを見比べてから、屋根縁へと出る。
屋根縁にはクアとテスカがいて、どうもさっきの話を聞いていたらしい。
クアは相変わらず般若面だったけど、テスカはニヤニヤとしていて。
「ふふふ。紅葉も人が悪いな」
「楽しみはあとに取っておくものだ」
「そうかもしれないけどな」
「それより、リカルはどうした」
「下でまだ夕飯を食べてるか、風呂に入ってる頃だろうな。今日は、親も遅くなるみたいだし、こっちで泊めることにしたんだけど。よかったよな?」
「ああ」
「うん。ありがとな」
「いや」
「…ふふふ。しかし、確かに楽しみだな。また、どんな反応だったか教えてくれよ?」
「ああ、忘れてなければな」
空を見上げると、キラキラと光る何かが、長い尾を引きながら、こちらに向かってゆっくりと飛んできていた。
カイトだろうな。
噂を聞き付けて戻ってきたんだろうか。
まあ、お祝い事は、みんなでやる方がいいからな。
人生で一回しかないこのときを、一生のものにするために。