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望からの連絡がないまま、昼になってしまった。
まあ、ちゃんと話してくれるだろうし、大丈夫だろうと私は心配してないけど。
風華はそうもいかないようで、用事を終わらせて帰ってきてからも、悶々とした様子だった。
「テスカトルが探していたぞ」
「そうですか」
「お前たちは間が悪いな。お前がいるときはテスカトルがいなくて、テスカトルがいるときにはお前がいない」
「テスカトルさまは、いつもご自身のやりたいことをなさっています。私がそれに口出しすることもないですし、必要となれば、テスカトルさまの方から私の前に姿を現し、お声をお掛けになられます」
「お互いに必要なとき以外は関わらないってこと?乾いてるなぁ」
「乾いてるというより、お互いに信頼しあっているからこそ、必要以上に干渉しなくてもいいということもあるかもしれないな。私はいいと思うよ、そういう関係も」
「えぇー。そうなのかなぁ」
灯は笑いながらハンバーグという肉料理を口に運んで。
一方、美希は味噌汁を啜りながら、納豆ご飯と焼き鮭を食べている。
…なんだ、この風景は。
いわゆる個食というやつか?
まあ、私は美希と同じ料理を食べてるわけだし、沈鬱な様子の風華も同じものだから、灯だけ違うものを食べているんだけど。
「なんで、お前だけハンバーグとかいうものなんだ?」
「あ、お姉ちゃんも欲しかった?まだあるよ」
「そういうわけじゃなくてだな…」
「料理大会で出す料理を、もう一度練り直しているらしい」
「ふぅん…。変える気なのか?」
「いや。そういう建前で、自分のやりたいようにやってるだけだ」
「そんなことないよ。やっぱり、洋食は私の考えた料理には合わないなって再確認してるだけだし。美希も食べてみなよ」
「私はいい」
「………」
「あ、セカム、欲しい?」
「あっ、い、いえ…。大丈夫です…」
「欲しいなら、そう言わないと損だぞ?」
「リュナムクさま…。しかし…」
「えっ?何?蛇の霊と話してんの?」
「紅葉。玉葱だけ抜いて、こいつに出してやるように頼んでやれ」
「はいはい…。玉葱抜きで、一枚こいつに」
「あはは、なんか高級な酒場でナンパする男の人みたい」
「………」
「はいはーい、分かりましたよー。セカムにハンバーグ一丁ね」
「申し訳ありません…」
「いいのいいの。どうせ夕飯にも出す予定だったし」
「そ、それでしたら、私なんかが食べて一人分を減らすより、他のどなたかが召し上がった方がよろしいでしょう」
「誰が食べても一緒一緒。食べたいって思う人が食べればいいのよ」
「し、しかし…」
「あとね、これは玉葱じゃなくて蓮根だからね、お姉ちゃん」
「いや、オレは知ってたけど…」
「む…。蓮根だったのか…」
「蓮根を入れるとね、シャクシャクするんだよ。嵩増しにもなるし。でも、大きすぎると、ちょっと主張しすぎってかんじかな」
「何回作ってるんだよ…」
「三回くらい?だっけ、美希」
「今日で五回目だ」
「あはは、結構作ってたねぇ」
「まったく…。お前は急な思い付きで作るから、その日の献立がいろいろ狂うんだよ」
「おかずが一品増えるだけじゃん。大差ないよ」
「それは、お前が何も考えないで、その日その日の献立を立てているからだ。私は、何を食べても、出来るだけ栄養の偏りがないように立ててるのに、蛋白質と脂質の塊じゃないか、ハンバーグなんて。それに、肉料理だから、特に子供たちはよく食べるし…。せめて、豆腐とかおからを混ぜるくらいはしたらどうなんだ」
「また今度ね」
「…じゃあ、それまでに、植物性蛋白質の重要性について、みっちり講義してやるからな。あと、牛肉や豚肉と、魚から摂る蛋白質の違いも」
「うっ…。なんか嫌な予感がするなぁ…」
「栄養の偏りが成長期の子供たちに与える影響。美味しく、かつ、健康的な味付けの仕方。他にもいろいろと教えてやろう」
「出来れば遠慮したいかな、なんて…」
「夜を楽しみにしてろよ」
「うぅ…。お姉ちゃん、部屋、変わってぇ…」
「日頃の行いが悪いせいだな」
「悪かないよ…」
「ふむ。しかし、美希はよく勉強をしているのだな」
「そうだな。こいつは子供が好きだから」
「そういえば、稲荷を大量に作っているのも…」
「そうだな。葛葉が好きだから」
「何の話をしてるんだよ。私の話か?」
「ああ。お前はよく勉強をしてるなって」
「一家の食卓を担う者として、当然のことだろ。むしろ、灯が勉強しなさすぎなんだ」
「そんなことないよ。私だって、いろいろ勉強してるもん」
「自分の好きなものを作るための勉強しかしてないだろ」
「そんなことないもん…」
「じゃあ、貧血を防止するために食べるといいものは?」
「えっ?えっと…」
「木耳とかヒジキとか…。あとは、煮干しとか大豆も…」
「そうだよ、それ!今言おうとしたのになぁ」
「………」
「というか、ビックリした。すっかり風華の存在を忘れてたよ…」
「なんで、望、貧血になんか…。鉄分が足りてないの…?」
「なんか独り言言ってるけど…」
「放っておいてやれ、今は」
「でも、望がなんて?貧血?」
「望が貧血?…そうか。まだだと思って油断してたけど、なるほどな。今日から、少し考えて変えてやる必要がありそうだな」
「まだって何が?」
「紅葉、そうなのか?」
「いや、望自身から聞いたわけじゃないから」
「そうか…」
「ねぇ、二人で何話してるのよ?」
「…灯。セカムのハンバーグが焦げるぞ」
「えっ?わわっ、あ、危ない…」
灯は火加減の調整に入って、それどころではなくなったようだ。
上手く話を逸らしてくれたな。
いや、偶然逸れたのか?
…まあ、どっちでもいいけど。
「紅葉さま。望さまから、事情をお聞きになっていらっしゃらないのですか?」
「まだな。でも、今はそれでいいんだ」
「そうですか…。紅葉さまがそう仰るのであれば、私から申し上げることはありません」
「ああ」
それから、セカムは耳をピンと立てると、灯の方を見て。
でも、ちょうどそのときに腹の虫が鳴いて、気不味そうにまた耳を伏せてしまった。
なかなか面白いな、こいつを見ていると。
鉄面皮の従者かと思いきや、ときどき、こういった表情を見せてくれる。
よく観察してみると、エスカに負けないくらいに表情豊かだということに気付ける。
「はぁ…。ただの鉄分欠乏性貧血…?もしかして、鎌状赤血球症…?何なんだろ…」
「………」
「いいのか、紅葉。不確定の可能性だけでも話してやれば、風華の気もある程度は晴れるのではないのか?」
「いいんだ。そのときになれば分かることだし」
「…そうか。お前がそう言うのであれば、それでいいのだろう」
風華は、ブツブツと独り言を続けて。
望に真相を聞かないことには、気休めにしかならないというのは、風華も分かっているだろうし、私がそれを話したところで、いろいろと考えてしまうのには変わりないだろう。
…まあ、何にせよ、今はそのことで気を揉んでいても仕方ない。
と、私は思う。
だから、とりあえず、昼ごはんを食べ進めることにする。