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「あの桐華というやつは、なかなか興味深いやつだな」
「そうか?」
「お茶についての知識も豊富だし」
「お茶についての知識しかないの間違いだろ」
「そうなのか?いろいろと面白い話も聞けたが」
「どんな話だ」
「お前との幼い頃の思い出話とかな」
「また適当なことばかり言ってたんじゃないだろうな…」
「適当かどうかは分からんが、面白い話だったな」
「はぁ…」
「幼馴染みだったのだな、お前たちは」
「腐れ縁だな、むしろ」
「ははは、善きかな善きかな」
「まったく…」
テスカトルはカラカラと笑って。
何を聞いてきたんだろうか…。
桐華のことだから、余計なことばかりに違いないけど。
「こいつは昔から、他人の過去を詮索するのが好きだからな」
「詮索とは失礼な。おれは単に、過去のことに興味があるだけだ。その過去が、たまたま誰か個人のものになることもあるというだけのことであって」
「たまたまの割合がかなり高いようだが?」
「そういうこともある」
「むしろ、たまたまがしょっちゅうあるようだが」
「そういうこともある」
「まったく…。詮索もたいがいにしておけよ…」
「詮索ではない。探索だ」
「興味本位であることには代わりないだろう」
「そうだな。それは合っている」
「………」
リューナはため息をついて。
まあ、テスカトルが、そういう自由人なのは確かだろうな。
「そういえば、朝からセカムがいないんだが。知らないか?」
「お前のところは、従者も自由人のようだな」
「そうだな。あいつは自由人だ」
「まあ、さっき、オレたちのところに来てたけど」
「さっき?そうか、さっきか。なるほど」
「お前は何に納得してるんだ」
「いや。あいつも元気にしているんだなと思ってな」
「そんな、何年も会えてない友達の近況を聞いたときのような反応をするな」
「いいな、その喩え。面白い」
「面白いとか面白くないとかじゃなくてだな…」
「それで、何をしてたんだ、あいつは?」
「…伝言を頼まれて来ただけだ。そのあとどこに行ったかは分からない」
「ははは、使いっ走りか。邪神テスカトルの従者も落ちたものだな」
「お前が言うか、それを…」
「なるほど、違いないな」
「ふむ。自覚はあったのだな」
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからずだ」
「お前は誰と戦っているんだ」
「ふっ…。己自身…かな」
「黄昏ても、全く格好よくないからな…」
「ははは。紅葉は面白い表現をする」
「面白いのか…?」
「ああ。面白い」
普通に使うだろ、黄昏るって言葉くらい…。
いや、普段から使うわけではないけど、単語としてそういうのはあると思う。
「黄昏の動詞化か、なるほど…。セカムのような頭の固いやつと話していると、そういう単語もなかなか出てこないからな。おれたちだけ、平安時代に取り残されたような気分になる」
「そこまで古くはないだろ…」
「いやいや。お前も、あいつと話してみたら、そう思うに違いない」
「いや、もういくらか話してるからな…」
「いくらか、では足りない。ガッツリ話し込んでみろ。そしたら、道中、あいつしか話し相手のいないおれを、きっと憐れむだろう」
「お前はオレの憐憫を買いたいのか」
「そうだと言って、憐れんでくれるのか?」
「憐れむわけがないだろ」
「そうだろ?だから、おれにそんな気はない」
「そこは、だからでは繋がらないだろ。オレが憐れむかどうかに依らず、お前は憐れんでほしいと思うかもしれないし、思わないかもしれない」
「ふむ。確かに」
「…というか、まあ、そんなことはどうでもいいだろ」
「どうでもよくはない。言葉についての議論だ。はっきりさせておかないと」
「オレにとってはどうでもいいんだけど…」
「そうか。なら、話を変えよう。それで、何の話だったかな」
「セカムの行方についてだろ」
「あぁ。それなら心配に及ばない。あいつは、一人でも上手くやっていける」
「いや、そういう意味じゃなくてだな…」
「実を言うとだな、あいつがいると、おれは好きな話が出来ないからイヤだ」
「子供みたいなことを言うなよ…」
「仮にも神と呼ばれる存在なのだから云々と、延々と説教をするのだぞ?もう、この毛並みに円形ハゲが出来るかと思うくらいだ」
「リューナはともかく、お前は全く神というかんじはしないからな…」
「リューナ。エスカとセカムを取り替えてはくれないか?」
「お前の恐ろしいところは、息をするように冗談を言うところだ。真顔で自然に言うから、慣れていなければ、本当に言っているのだと思ってしまうだろう」
「おれはいつだって本気だぞ」
「では、私がエスカとセカムを取り替えようと言えば、すぐに対応するんだな?」
「むっ、う…。それは…。確かに、無愛想で掴み所がなくて、頭は固いし、いちいち小五月蝿いけど、おれの大切な従者なんだ…。交換するわけにはいかない…」
「そら見ろ。冗談でも、そんなことを言うものじゃない。分かっているのか」
「うっ…」
「まったく…」
さっきまでの勢いはどこへやらだな。
テスカトルは、リューナに怒られてシュンとしてしまった。
まあ、確かに、お互いに大切な従者を交換するなんてのは有り得ないことだろうし、リューナの言う通り、軽はずみに言うことでもない。
…言葉を探求しているというテスカトルからは、そんな口から出任せの冗談は考えられないような気もするけど。
言葉を探求するからこそ、出てくるままに言ってるのかもしれない。
でも、たぶん、単にそういう性格だからだと思う。