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城に戻ったときには、もう洗濯も終わりかけていた。
時間調整が上手くいったようだな。
…なんて言うと、誰かさんに怒られそうだけど。
とりあえず、部屋に戻ることにする。
部屋の窓際には風華が座っていて、ぼんやりと外を眺めていた。
「あ、姉ちゃん」
「なんだ、風華。今日は非番か?」
「まあね。暇だなって思って」
「そうか」
「あっ、そうだ。姉ちゃん、洗濯の時間、いなかったでしょ」
「外に出てたからな」
「何してたの?」
「秋華と一緒に朝の散歩に行って、ツカサと翡翠の様子も見てきて、涼と少し話して」
「少しじゃないでしょ、涼さんなら。ていうか、また食堂まで来てたの?」
「来てたな」
「もう…。無理しちゃダメって言ってるのに…」
「風華がそう言うだろうって言ったら、もう一人の薬師は自由にしてろって言うから、二人の言うことの、自分にとって都合のいい方を取るんだと言ってたな」
「はぁ…。いいけどさ、別に…」
「まあ、あいつもあいつなりに、いろいろ考えているんだと思う」
「考えてもらわないと困るよ…」
「そうだな」
風華はため息をつくと、また窓から外を見て。
私も外を見てみると、蒼い空に雲が浮かんでいた。
「むっ。紅葉、誰か来るようだ」
「ああ、そうだな」
「えっ、何?」
「誰かが来る」
「誰?」
「分からないけど」
「えぇ…」
足音はだんだん近くなってきて、そして、入口のところにセカムが現れた。
テスカトルはいないようだけど。
「セカム。どうしたんだ。テスカトルは?」
「テスカトルさまは、旅団天照団長の桐華さまと談笑しておられます。要件は、テスカトルさまに関係することではありません」
「じゃあ、何なんだ」
「望さまについて、ご報告があります」
「望?」
「ナナヤさま方数名のお友達と畑のお手入れをなさっている間、急に目眩がしてお倒れになったとのことですが…」
「目眩で倒れたって大変じゃない!早く連れてきて!」
「落ち着け、風華。目眩がしたんだったら、今は医務室だろ」
「あっ、あ、そっか…」
「まったく…。それで、原因は何なんだ」
「はい。医務室に待機しておられた八重さまの診断によりますと、貧血だそうです」
「貧血?鉄分不足なのかな…。大豆とか海藻類を、ちゃんと食べさせてあげないと…」
「本当に、ただの貧血なのか?」
「えっ?どういうこと?」
「…八重さまは、とりあえず来てほしいと」
「分かった。行くよ」
「えっ?あ、私も」
前にカイトが言っていたことが気になる。
まあ、それを確かめに行くわけだけど。
…風華は、まだピンと来ていないようだけど。
とりあえず、医務室へ急ごう。
医務室では、蒼い顔をした望が布団の上に座っていて。
その横で、八重が何やら縫い物をしていた。
「あぁ、来てくれたのね」
「八重さん。望はどうなんですか?」
「鉄分補給剤も飲ませてあげたし、大丈夫よ。ねぇ、望ちゃん」
「うん…」
「まだ顔色が悪いじゃないですか」
「即効性があるわけじゃないわ。ちゃんと効いてくるから、ゆっくり待ちましょうね」
「うっ…。分かりました…。でも、なんで貧血なんかに?」
「なんでだったかしらね、望ちゃん?」
「えっと、その…。うぅ…」
「気分が悪いの、望?」
「うーん…」
そうじゃないと思うけど。
困ったように、私たちと八重の顔を見比べる望。
でも、八重は望を助ける気はないようだった。
「私からは言わないって言ったでしょ?」
「うぅ…」
「何がですか?」
「それは、望ちゃんに聞きなさい」
「………。望、どうしたの?」
「うーん…」
「気分が悪いの?」
「ううん…」
「じゃあ、どうしたの?」
「あのね…」
「うん」
「えっとね…」
「どうしたの?」
「うーん…」
「…お豆腐とか、ヒジキとかは嫌いだったっけ?」
「えっ?嫌いじゃないけど…」
「風華。余計なことを聞くな」
「余計なことじゃないよ。たぶん…」
「紅葉。望はもしや…」
「望に聞かないことには分からないだろ」
「むぅ…。それはそうだが…」
「望。話しにくいことなら、今すぐに話すことはないんだ」
「何言ってるの、姉ちゃん。貧血の原因を、早くはっきりさせておかないと…」
「風華ちゃん。少し、隊長にお話させてあげて」
「で、でも…」
「でもじゃないの。さ、隊長、続けてください」
「…言いたくないなら、それでもいい。でも、ちゃんと心の準備が出来たら、そのときは、言ってくれるな?」
「…うん」
「それならいい。じゃあ、風華、行こう」
「えっ、まだ何も分かってないのに…」
「気分が良くなったら話してくれるそうだ」
「そんなこと、一言も言ってないし…」
「望ちゃんは私が看てるから大丈夫よ。ほら、風華ちゃんは非番でしょ。何も心配しないで、ゆっくり休んできなさい」
「いや、心配ですし、ゆっくり休めませんよ…」
「じゃあ、私と縫い物でもする?」
「えっ?いえ、別にいいです…」
「そう。残念ね」
八重はそう言ってニッコリと笑うと、また縫い物を始めて。
望も、居心地悪そうにしながら、背中を向けて布団を被ってしまう。
…そうなると、もう仕方ないから、風華も諦めたみたいで。
私が肩を叩くと、不満たらたらといった顔をしてついてきたから、そのまま医務室を出る。
「もう…。姉ちゃん、何か知ってるんでしょ」
「いや、知らないな」
「しらばっくれて…」
「まあ、そのうち分かるだろ」
「はぁ…。何かの病気で貧血になってるとか、そういうこともあるから、心配してるのに…」
「何かの病気なら、八重もあんなに落ち着いてないだろ」
「それはそうかもしれないけど…」
そう言って、またため息をつく。
でも、私には前情報があったとはいえ、だいたいは想像がつきそうなものだけどな。
薬師として、心配だということだろうか。
…まあ、とりあえず、今は望を待とう。