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「師匠」

「なんだ、お前…。今日は早いな…」

「すみません…。でも、なぜか目が覚めてしまって…」

「そうか…」

「あ、あのっ、少し、散歩に出ませんかっ」

「それはいいけど」


リューナは、秋華が来たときには起きてたらしい。

何か動くような気配がしている。

クアも、耳をピンと立てて、こちらを見ていた。

でも、私がクアの方を見ると、また寝る態勢に入って。

まあ、私も準備するか…。

手元にあった羽織を着て、横にあったもう一枚を、秋華にも着せてやる。


「あっ、師匠、ありがとうございますっ」

「その格好で、寒くなかったのか?」

「いえ。ここに来るまでに、温かくなりました」

「そうか。まあ、じゃあ、行こう」

「はいっ」


それから、みんなを起こさないように部屋を出て。

まだ空も白んでいないような時間だから、廊下も真っ暗だった。


「…灯りを点けようか」

「いや、いいよ」

「そうか。まあ、暗い道の散歩というのも風情があるからな。まだ城の中だが」

「ああ、そうだな」

「師匠は、暗い場所はお好きですか?」

「ん?まあ、どちらかと言えば、好きなんだろうな」

「そうですか。私も好きなのですが、昨日は恐ろしい妖怪が見えてしまいまして…」

「あぁ…。あのトカゲ人は、草平だからな」

「えっ、ほ、本当ですか?」

「暗いうちだからと、適当に変化していたらしくてな」

「そ、そうなのですか…」

「まあ、あいつが悪いんだから、あんまり気にするな」

「は、はい…」


あんなものを見れば、誰だって恐れおののくだろうし。

まったく、自由奔放な客が多くて困る…。


「…そういえば、撫子との修行はどうなんだ?」

「順調ですよ。道場も寺子屋もない日で、撫子の都合がつく日でないといけないですから、あまり時間は取れてないですが…。でも、家でも出来る修行とか、お習字もお札を書く練習になるとかなんとかでっ」

「何の修行なのだ?」

「呪術ですっ」

「ほぅ…。呪術の才能があるのか」

「あの、私には分からないのですが…。でも、ミケちゃんは筋がいいと褒めてくれますっ」

「どんな術が使えるんだ?」

「今は、退魔陣を書く練習と、封魔札の扱い方を教わっています」

「なるほど。修行を始めて何年経つ?」

「何年…というか、たぶん、一ヶ月かそこいらだったと思います」

「何っ。そ、そうか…。私が滅せられる日も近いな…」

「えっ。め、滅するなんて、そんなっ!リュナムクさんは優しい妖怪さんだから、滅したりなんかしませんよっ」

「その修行に入るのに、普通は何年掛かるんだ?」

「並の人間なら、封魔札は早くて半年、退魔陣は普通なら二年以上は掛かるな。始めて一ヶ月でそれを始めるとなると、最早、妖怪の中でも特に優秀な者くらいの成長だ」

「ふぅん…」

「あ、あの、封魔札はともかく、退魔陣はまだまだ全然、下級の雑霊を追い払うくらいしか出来ないので…」

「ただ模様を書くばかりで、退魔の力を乗せられない者も多く、そこで諦める者が続出する中、お前は下級霊相手とはいえ、立派に退魔陣を書けているのだから、もっと自分に自信を持つといい。お前に確かに与えられた、天賦の才だ」

「そ、そんな大したものでは…」


秋華は顔を赤くして俯いてしまう。

まあ、正直、私もそこまですごいものだとは思ってなかったけど、適当に作った紙人形に大和を封印したり、適当に書いた札が封魔札としてミケに効いたりと、確かに予兆のようなものは、ちらほらと見ていた気がする。


「まあ、領分は違うとはいえ、呪術をそこまで扱うことが出来るのなら、妖術や術式も扱うことが出来るだろうし、法術とは特に相性がいいだろうな」

「ほ、法術ですか?」

「秋華になら、呪術以上に扱えるやもしれんな」

「は、はぁ…」


法術か。

なんか聞いたことはあるな。

僧侶が使う力だったか?

いや、それは法力か。

…ん?

考えてみると、法術って何なんだろうか。

前に聞いたような気もするけど…。

まあ、あとで詳しく聞いておくか。



空が白んできた頃、ちょうど六兵衛の屋敷の前を通り掛かる。

鳥たちもそろそろ鳴き始めて、いよいよ朝が始まるといったかんじだな。

…そして、そんな朝の風景に、塀の上の三毛猫が加わる。


「あっ、ミケちゃんですっ」

「そうだな」

「噂をすれば影、か」

「むっ。秋華に紅葉…と、そっちの蛇は何なんだ」

「お前とは初対面ではないのだがな」

「ふむ?紅葉に取り憑いた背後霊か」

「霊ではないが、そのようなものだ。リュナムクという。前のときは、力が足りなくて、話すことも出来ていなかったからな」

「なるほど、邪神リュナムクか。小生はミケだ。改めて、よろしく頼む」

「こちらこそ。…お前が、秋華の呪術の師匠なのか?」

「まあ、そうだ」

「ほぅ」

「ミケちゃんは、すごい呪術をたくさん知っているんですよっ」

「ふむ」

「何のことはない。小生に掛かれば、どのようなものも朝飯前だ。ただ、小生の美貌を損なうようなものは使わないがな」

「それがいい。人を呪わば穴二つと言うしな」

「穴二つって、何の穴ですか?」

「ん?墓穴だ。呪い殺した相手の墓穴と、術の反動で死んだ自分の墓穴を掘らないといけなくなるからな。人を呪うというのは、それだけ代償が高くつき、恐ろしいことだということだ」

「ほえぇ…。墓穴ですかぁ…」

「反動で自分が傷付いたり、死んだりするような術は教えないからな。知りたいなら、自分で調べることだ」

「し、知りたいような、知りたくないような…。でも、自分では使いたくないです…」

「ふむ。まあ、そういう術もあるということは、知っておいて損はないだろうな。たしか、呪術大全とかいう本を、誰かが書いていたような…」

「ふん、物好きもいるものだな。しかし、読んでいて気持ちのいいものではないだろうから、読むのなら覚悟しておくことだ」

「そうだな。私でも知っている、最上級の術にもなってくると、呪いを掛けられた相手はとにかく全身が痒くなり、掻き毟ると皮膚が剥がれ落ち、肉が削げ、骨もボロボロに崩れ。自分は反動で手足の先から石のように硬くなっていき、その部分から砂のように崩れていくという、とにかくえげつない術が…」

「お前な、少しは秋華のことを考えてやれ」

「確かに、刺激が強すぎるやもしれんな」

「むっ…。詳しく言い過ぎたか…」

「まあ、そういうものを知るには、それだけの覚悟が必要だということだな」


秋華は、リュナムクの話を聞いて、すっかり蒼褪めてしまっていた。

想像するには、えらくキツい話だったからな。

…でも、人を呪うことの恐ろしさを再確認するという意味では、よかったのかもしれない。

秋華は、誰かを呪うなんてことはしないだろうけど。


「穴が二つ必要になる呪術など、数えるほどしかない。それに、その他のだいたいは、退魔か封印に関わるものだ。もとは、人間が強力な妖怪に対抗するために作られたものだからな」

「そうだな…。すまなかった、秋華…」

「い、いえ…。あっ、そろそろ時間ですっ」

「ん?道場か。まあ、いつでも暇なときに来るとよい。小生は、秋華のためであれば、いつでも時間を開けておくからな」

「はいっ。またよろしくお願いしますっ」

「ああ」

「では、師匠、行ってまいりますっ」

「行ってらっしゃい」

「ミケちゃんとリュナムクさんも、行ってきます」

「ああ」「うむ…」


秋華は丁寧にお辞儀をすると、道の先へと走っていった。

リューナはまだ気にしているのか、小さくなっていく秋華の後ろ姿に、何度か声を掛けようとしていたみたいだったけど。


「ちなみに言うと、さっきの術は、最上級の術の中でも、一番効果の甘いものだ」

「ほぅ、それは知らなかったな…。てっきり、それが一番酷いものなのかと…」

「まあ、また秋華にうっかり話されても困るからな。想像を絶するような呪いもあるが、黙っておくとしよう」

「ああ…。すまないな…」

「ふん」


ミケでも、そういう話は避けていたんだろうか。

まあ、聞いた限りではかなりえげつなかったとはいえ、一番マシなものだったんだ思うと、まだ心は軽くなる気がする。

…リューナを安心させるための嘘かもしれないけど。

ミケが、その場に座り込んで毛繕いを始めてしまったから、真偽の程は分からない。


「じゃあ、オレたちも行くよ」

「………」

「ああ、どこへなりとも行け。秋華がいないのなら、もう用はない」

「そうか」

「…紅葉」

「なんだ」

「また、ゆっくりと話し合おう」

「ああ、そうだな」

「…それだけだ」

「そうか」


とりあえず、秋華が走っていった方向へ歩き始める。

ツカサと翡翠の仕事ぶりでも見て、ゆっくり帰るかな。

…鳥たちの鳴き声に、リューナの後悔の呻き声が混じっているけど。

まあ、気にしない方針で。

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