53
「グルル…」
セトは大きくため息をつく。
風華に怒られたことが、相当効いているらしい。
「シャキッとしろよ。女々しいぞ」
「………」
「お前が悪いんだろ。風華だって、むやみに怒ったりはしない」
「ワゥ」
「ほら。明日香も言ってるだろ」
「ウゥ…」
「紅葉は…動物と話が出来るのか…?」
「利家も風華も、セトとなら話せるぞ。明日香はまだダメみたいだけど」
「へぇ…」
「簡単だ。心を通じ合わせればいい」
「……?」
「まあ、あれだ。こいつらと話がしたいと想えば良いんだ」
「ふむ…」
目を瞑り、念じるように眉間に皺を寄せる。
「あんまり気張るな。最初は目を合わせるところから入れ」
「むぅ…」
「聞いてるのか?」
全く聞いてないらしい。
念波を送るかのように、唸ってみたりしている。
「美希。おい」
「ん?あぁ、なんだ?」
「まず目を合わせる。念じるんじゃなくて想うんだ。話がしたいと」
「ふむ…」
明日香を目の前まで抱き上げて、ジッと目を見詰める。
「………」
「おい、明日香が怯えてるぞ」
「え?そうなのか?」
「睨むんじゃない。もっと楽に」
「難しいな…」
ていうか、利家と風華のことを考えると、練習相手として明日香を選んでる時点で、難易度を相当引き上げてるんだけど…。
まあいいか。
明日香と話せれば、セトとも話せるだろう。
「まずは目を合わせて…。念じるんじゃなくて、相手を想う…」
「………」
「ちょっとセトは黙ってて」
「ワゥ」
「ゥルル…」
…明日香と話せるようになるのも、時間の問題だろうな。
風呂からあがり、また昼寝をしている葛葉の鼻をつまむと、たいした苦もなく口からの呼吸へ切り替えていた。
日もだいぶ傾き、空も赤くなってきた。
美希と葛葉は、セトのたてがみに埋まって眠っている。
「ただいま~」
「あぁ、お帰り」
風華と灯が帰ってきた。
良い匂いのするものをたくさん抱えて。
「お姉ちゃん、良い匂いがするからって、端ないよ」
「あ、いや…」
「これは夕飯のあとね。…どう?セトは」
「ずっといじけてたぞ。風華に怒られて」
「あ、あれは、セトが悪いんだからね!」
「分かってる分かってる」
「私だって…セトのことを想って…」
「まあ、気にすることはないさ。セトだって、こうやってのうのうと寝てるんだから」
「むぅ…」
風華はそっとセトの鼻先に触れ、ゆっくりと撫でる。
それに気付いて起きたセトは、甘えるように額を風華のお腹に押し付ける。
「仲直り、だな」
「セトが一方的に悪いんだけどね…」
「ゥルル…」
「夕飯、もうすぐ出来ますよ~」
「はーい!」
さあ、美味しいごはんの時間だ。
風華はセトによく言い聞かせ。
セトは風華のことをよく聞いて。
思ったよりすんなり済んでしまい、夕飯の準備の最中に広間に着くこととなった。
「あー、お姉ちゃん、邪魔!」
「あぁ…すまない…」
「隊長。席に座っててください。もうすぐ済みますからね」
「ありがとう」
言われるままに席に着く。
…ていうか、よく考えたらあいつにも間接的に邪魔だと言われたようなものじゃないのか?
隊長…衛士長って何なんだろうな…。
「しかし、広い部屋だな」
「ん?あぁ、広間だしな。そりゃ広いだろう」
「なんか…落ち着かないな…」
「……?なんで?」
「こう…広すぎるというか…」
「自然の方がもっと広いだろう」
「いや…でも、自然とは違う…。人間によって区切られた空間というのは…」
「そういうものなのか」
「うん」
狼のときは自然に暮らしていたとはいえ、限られた縄張りの中で。
こっちに来てからは、この街…この城からもあまり出たことはなかった。
だから、自然の広さは感じこそすれ、実際に体験したことはなかった。
「美味そうだなぁ」
「あまりのんびりしてられないぞ」
「なんで?」
「美希~」
「おっ、葛葉」
「いっしょに食べよ~」
「ああ。一緒に食べような」
「葛葉となら大丈夫だな」
「だから、何の話なんだ」
「見てれば分かる」
そろそろ準備も出来て、みんな集まってきた。
…桜と望だけがいないけど。
「はい、お姉ちゃん。もう食べていいよ」
差し出されたご飯茶碗を一気に手元に引き寄せると、その場所には箸が刺さっていた。
「こら!二人とも!危ないことはしない!」
「今日はダメなの!」
「望!次行くよ!」
「あ、ちょっと!」
灯は二人を追いかけようとするが、もちろん上手くいかない。
すぐに見失ってしまう。
「なんだ…今のは…」
「ここは戦場だ。気を抜くな」
「美希、あーんして」
「え?あ…あーん」
「ん~」
楽しそうだな。
でも、こっちも負けてられない。
唐揚げのひとつを素早く取り、食べてしまう。
「あっ!」
「やっ!」
「甘い甘い!」
さっきの箸を抜き、桜の箸に投げつける。
弾き飛ばすところまではいかなかったが、軌道は変えることが出来た。
「くっ…」
「たぁっ!」
「ふん!」
桜の箸を払い、望の箸へと当てる。
望の箸を一本弾き飛ばし、桜の箸は宙へ舞った。
「勝負ありだな」
「うぅ…」
「みんなの前で良い格好しようと気張りすぎだ。もっと楽にしろ」
「分かってるよ…」
「じゃあ、それを実践するんだ」
「………」
「分かったか?」
「うん…」「はぁい…」
そして、各々の箸を拾い、自分たちの席へ帰っていく。
今のを見て、他の子たちも思うところがあっただろう。
さあ、次はどう来るかな。
多人数との戦いか。
燃えるな。
「く、葛葉…。自分で食べられるから…」
「あーん」
「むぅ…」
「あーん」
「はい、ねーねー」
「あぁっ!私のなのに!」
「早く口を開けないのが悪いんだ」
「もう!」
やっぱり、ごはんは美味しく食べないとな。