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「まさか、お前に会えるとは思ってなかったけどな」

「………」

「まあ、リューナに取り憑かれるとも思ってなかったけど」

「…生きるとは、出会いと別れを繰り返すことだ」

「そうかもしれないな」

「………」


空を見上げると、遠くに鳥の影があった。

あの鳥は、何と出会い、何と別れてきたんだろうか。

今、その目で見ているものは、何なんだろうか。


「…テスカトルさま」

「………」

「セカム。今はそっとしておいてやれ」

「承知いたしました、紅葉さま。…テスカトルさま。蜂蜜の生姜湯を用意して参りました。不肖ながら、私の気持ちでございます。どうか、お召し上がりください」

「…ありがとう」

「勿体なきお言葉です。紅葉さまの分も、こちらに用意させていただきましたので、よろしければお召し上がりください」

「ああ、いただくよ」

「ありがとうございます。…では、私はこれで」

「お疲れさま」

「有難く存じます」


セカムはきちんと正座をして頭を下げ、そのまま音もなく広間へと戻っていった。

それを見送ってから、やたら大きな湯呑みに入れられた蜂蜜の生姜湯を口に含んで。

…かなり甘いな。

でも、身体が温まる。

出来れば、寝る前に飲みたいものだけど。


「飲まないのか?」

「…あとにする」

「勿体ないぞ。温かいうちに飲んでおけよ」

「…そうだな」

「はぁ…」

「………」

「………」

「…まあ、言論や思想に対する批判というのは、この世の中、いくらでもあることだ。わたしは、挑戦的な意見が出ると、楽しいし嬉しい。でも、あの批判には、我慢がならなかった。言葉そのものを否定し、侮辱する批判に」

「そんな気はしてたよ」

「止めなかったのは、そのせいか?」

「それもあるし、リューナとセカムがすぐに気付いてくれたのもある。あの二人がなんとかするだろうから、好きに言わせてやろうってな」

「………」

「実際なんとかしてくれたし、そんなのは些末な問題だ」

「…すまないな」

「リューナは記憶に靄を掛け、セカムは区画の音を隔離した。オレは、ただお前の言ってることを聞いていただけだ。感謝するなら、あいつらにしろ」

「…そうだな。あいつらにもあとで言っておこう」

「ああ」

「…ああいう人間は多いのだろうか。現代の芸術家と言っていたか」

「テイカンとか言ってたな。諦観に響きが似てて嫌だけど」

「諦観。本質を見極めること。諦め、悟り、超然とすること…」

「ふん。…お前が言葉の話をしたり、聞いたりしてるときの目は、狩りをするときのようだった。鋭く、何も見逃すまいとするような」

「そうか…?今日初めて言われたが…」

「でも、そんな激情の中に、慈しみや優しさを秘めている…そんな目だった」

「詩人なのだな、お前は」

「言葉と戯れているだけだ」

「ふふふ。言葉と戯れている、か」

「お前の言葉に対する熱情は、本物なんだと分かった。お前の思想や、書いた本のことは知らなかったけどな。この橋よりとか」

「そんなものは知らなくていい。言葉を模索したときに書い散らした、端書きのようなものだからな。それでも、おれには意味のあるものだったが…あの講師が言ってた頃のものは、読み返すのも怖いくらいだ」

「熱ってた頃のものだからか?」

「ああ。熱ってたな、あの頃のおれは」

「じゃあ、翔るなんかはどうなんだ?今も書いてるんだろ?」

「錬金少女肇の冒険を描いた、幻想小説の金字塔!なんて文言で売り出されているがな。おれは、肇の日記を代筆してやってるだけだ。まあ、実際に字を書いてるのはセカムだが。とにかく、肇の言葉をこの世界に届けているだけだ。小説じゃなくて、日記なんだよ、あれは」

「錬金少女は実在するのか?」

「ああ、実在するとも。おれの心と繋がっている、どこかの世界にな」

「ふぅん…」

「それは実在しないって言うんじゃないか、と言いたげな顔だな」

「いや、別にそんなことは思ってないけど…」

「それならいいが。でも、肇は確かにいるんだ。たとえ、おれにしか見えなくてもな」

「そうか」

「他のやつらは知らんが、おれは、物語を書く気なんてさらさらない。おれ自身の日記か、他の世界の誰かに視点を借りているときには、お礼にその誰かの日記を書き留めているだけだ。余計なお世話かもしれないが、それがおれの思う、一番の感謝の仕方だから」

「話の骨組みとかも考えないのか?」

「予定をぎっしり詰め込んだ旅など、楽しいと思うか?しかも、世界中を旅するのにだ」

「そもそも、世界中を旅するのに、予定なんて立てられるのか?」

「まあ、そうなんだけどな。でも、おれは、そんな時代がいつか来るんじゃないかと危惧してる。世界に未知などなくなり、至るところに道案内の看板が立てられ、旅の時間が予定と高速移動手段に支配される時代がな」

「旅と言えるのか、それは?」

「さあな。だが、少なくとも、おれたちの旅とは違うものだろう」

「そうだな…」

「と、まあ、そんなところだ。それに、おれは肇の世界には干渉出来ないから、こちらでいくら予定を立てたとしても、肇は自分の思うように旅をする。それが、一番いいんだよ」

「お前が言うなら、そうかもしれないな。オレは、日記も小説も書いたことがないから」

「ふふふ。他の世界も楽しいぞ。どこか、覗いてみたらどうだ?」

「考えとく」

「そうか」


他の世界、か。

もしかしたら、私の見てるこの世界を、他の誰かが覗き見てるかもしれないな。

…そして、テスカトルのように、何かに書きしたためているのかもしれない。

そう考えると、なんか嫌というか、恥ずかしい気がするけど…。


「他人に見られても恥ずかしくない生き方をしろ、ということだな」

「そうだな…。そうするよ…」

「ふふふ。…しかし、気分が晴れたよ。ありがとう、紅葉」

「オレは、お前と話をしていただけだ。お礼を言われるようなことはしていない」

「そうか?じゃあ、取り消しだ」

「そうするのがいいな」

「ふふふ。やはり、面白いやつだ、紅葉は。最初見たときから、そう思っていた」

「一目惚れか?なんなら、城で飼ってやらんこともないけど」

「一目惚れは確かにそうだが、おれは立ち止まると息が詰まるんでな。まあ、帰る家のひとつくらいにはさせてもらおうか」

「ああ。いつでも帰ってこい」

「言われなくとも。ここはもう、おれの匂いがついた巣のひとつだ」

「そうだな」


テスカトルは、また私の隣にピッタリとくっついてきて。

見上げる目は、この角度から見ると、やはり赤色だった。


「でも、会って間もないのに、ここまで気の置けない付き合いが出来るとは思ってなかった」

「いや。おれは、お前に会ったことがあるぞ」

「何?どこでだ?」

「他の世界でな」

「………」

「ははは、そう怒るな。袖振り合うも他生の縁、だ。どこかでは親友だったかもしれないし、仇敵だったのかもしれない」

「はぁ…」

「ふふふ。おれとお前は、そういう強い繋がりを持って生まれたのやもしれんな」

「そうだな…」


まったく、驚かせるなよ…。

寿命が三年くらい縮まったんじゃないか?

…でも、縁というのは、六兵衛も言っていたけど、確かにあるものなのかもしれないな。

私とテスカトルは、他の世界ではどんな関係だったんだろうか。

私も、どこかの世界を覗き見れば、そんな繋がりに出会えるんだろうか。

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