524
洗濯をするのも久しぶりかもしれないな。
相席は珍しくレオナで。
…それと、発見がひとつ。
鱗と鱗の隙間のところに、ひんやりとした水が染み込んできて、なかなか気持ちいい。
今度、ゆっくり、手や足を水に浸してみるのもいいかもしれないな。
鱗のある生活に、少し慣れてきたんだろうか。
「今日は、リカルは来るのか?」
「えぇ?リカル?来ると思うけど。どないしたん?なんか用事?」
「まあな」
「リカルは、最近なかなか計算も速うなってな。簡単な連立方程式くらいやったら解けるようにもなって。将来はお爺ちゃんみたいな発明家になりたいゆうてたけど」
「ふぅん…」
「発明家に計算ているんやろか」
「さあな。でも、出来た方がいいんじゃないか?」
「せやな。まあ、算数だけやのうて、いろんなことに頑張ってるみたいやけど」
「そうか」
発明家か。
柔軟な発想力を鍛えるには、いろんなことを経験をして、いろんなことに疑問を持ち、いろんなことを考えるのがいいんだろうか。
とにかく、発明家の創作能力というものには、私たちにはないものを感じるな。
…磁石と砂鉄で文字を書くなんて、どうやって思い付いたのか。
思考回路を覗いてみたいものだな。
「まあ、あれやな。今日は民族学と哲学の先生も来るから、姉ちゃんも寺子屋に出てみたら?銀次も来よるけど」
「ふぅん。考えとくよ」
「うん」
「…エスカにも、何かやらせたいのだが」
「先生を怖がるんじゃないのか?」
「しかし、いつまでも部屋に籠っていては、何も変わらないだろうし…」
「それはそうだけど」
「上手く言って、連れ出してはくれないか?」
「ほんなら、うちに任せとき」
「なんだ、何か策でもあるのか?」
「えっ?ないけど」
「なんだよ、それは…」
「ええやんええやん。なるようになるて」
「言っておくが、お前を怖がる可能性だってあるんだからな」
「大丈夫大丈夫」
「はぁ…」
その自信はどこから出てくるんだろうか。
まったく、むしろ見習いたいくらいだな…。
「よっこいしょ。それより、姉ちゃん。これもお願い」
「お前、家の洗濯物も持ち込んでるのかよ…」
「ええやん。城のみんなの洗濯物に比べたら、こんなんちょっとやろ。ほら、アセナの下着」
「はぁ…。別にいいけど…」
「あっ!うちのは自分で洗うからな!」
「はいはい…」
慌てて自分の下着を横によけていく。
いつの間にか、レオナの横に忍び寄っていたりるが、なぜかひとつひとつ手に取って、匂いを嗅いでいたけど。
…いい匂いでもするのか?
「ちょっと、りる!何しとん!」
「レオナの匂いがする」
「うちの下着やねんから当たり前やろ。もう…。匂いなんて嗅がんといて!」
「んー…」
「これの匂いでも嗅いどき」
「ん」
レオナは、男物の下着をりるに投げて寄越して。
誰の下着だよ…。
というか、自分のじゃなければいいのか?
…とりあえず、りるから下着を取り上げて。
これは…リュカのだな。
「兄ちゃんの下着が好みなん?」
「お前がりるに渡すからだろ…」
「残り香とか嗅いでもええねんで」
「遠慮しとくよ…」
「兄ちゃんのこと、まだ好きなんちゃうん?」
「好きなのと匂いを嗅ぐのは、何か関係あるのか?それに、オレにはもう夫がいるからな」
「ええやん。好きな人くらい、何人おったってええやろ。夫はあれかもしれんけど」
「昔の話だ。好きも恋も知らなかった頃の」
「えぇー」
でも、私も、どこかでは、まだリュカのことが好きなのかもしれない。
口付けを…拒むことも出来た口付けを、受け入れたんだから。
…レオナの興味は、もう別の方向に向いたようだけど。
私にとってのリュカというのは、何なんだろうか。
まあ…この下着を握り締めながら考えることではないか。
部屋に戻ると、エスカが望と何か話をしていた。
一緒についてきたりるが、早速望に飛び付いて。
「わっ、どうしたの、りる?」
「ナデナデしてー」
「はいはい」
「望。寺子屋は?」
「まだ、もうちょっと時間あるから」
「そうか」
「エスカお姉ちゃんとね、一緒に寺子屋に行けたらなって話をしてたんだ」
「せや、その話や」
「えっ?」
「エスカ。うちはレオナゆうて、寺子屋で算数教えてんねんけど。今日から来てみやん?」
「えっと…。の、望ちゃんとも話していたのですが、あの…まだちょっと難しいかなって…」
「なんでぇな。先生が怖いから?」
「あの、その…。は、はい…。大人の方には、まだ慣れていなくて…」
「うち、怖い?」
「えっ。えっと…」
「怖ないやろ?」
「えっと…」
「ほれ」
「ひゃっ!」
急にエスカの手を握る。
エスカは、おどおどしたような目で、私とレオナを見比べて。
…レオナに任せることにはしたけど、リューナはどうも心配なようだ。
イライラしたような気配が漂っている。
「うちと友達にならん?」
「あ、あの…えっ?」
「うちと、友達に、ならん?ってゆうてんねん」
「お、お友達ですか…?」
「せや。おんなじくらいの歳の、おもろい女の子の友達いた方が楽しいやろ?こんな無愛想な姉ちゃんとか、けったいな蛇しか友達おらんかったら寂しいやろ」
「あの、リュナムクさまは、お友達では…」
「なんでもええやん。なっ。うちとエスカは今から友達。敬語もなしやで」
「えっと…」
「ほんなら、寺子屋行こか」
「えっ、ま、待ってください…」
「待たへん」
そう言って、握った手を引っ張って無理矢理エスカを立たせると、そのまま一緒に部屋を出ていってしまった。
…えらく強引な手だな。
いつぞやのテスカと桐華を思い出した。
でも、結果を見ないとどうにも言えないけど、まあ、あれくらい強引でないと、エスカもついていかないかもしれない。
「…紅葉」
「ああ、分かってる。望、りる。オレたちも行こう」
「うん」
「んー」
望とりるも連れ立って、寺子屋へ。
民族学に哲学に数学か。
まあ、とりあえずは、少し様子を見ることにしよう。