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「我が名の下に集い給え…。青き龍、朱き火鳥、白き虎、玄き亀…」
「何を言ってるんだ、お前は」
「うーん…」
「寝言か…?」
奇妙な寝言を呟くと、澪は寝返りを打って。
四聖獣がどうかしたんだろうか。
分からないけど。
「あっ、師匠。おはようございます」
「おはよう」
「今日から、また道場の日です」
「そうだな」
「ますます精進して参りますので、師匠は大船に乗った気でいてくださいっ」
「ああ。分かったよ」
「では、行って参りますっ」
「行ってらっしゃい」
素早くお辞儀をすると、秋華は部屋を出ていって。
しかし、大船に乗った気でいてくれって、どういうことなんだろうか。
こっちもよく分からない。
…とりあえず、布団から出て、傍に置いてあった羽織を着て。
朝の散歩にでも出掛けることにする。
「………」
そうだ、リューナがいたんだった。
なんとも不便なものだな、憑依というのは。
近くにいないといけないなんて。
勝手に引き摺っていくなんてことは出来ないのか?
「…どうした、紅葉」
「なんだ、起きてたのか」
「散歩にでも出るのか?」
「そう思ってたけど、やめとくよ」
「私なら構わない。一緒に行こう」
「エスカが心配だろ?」
「ここに来てから、私の我儘ばかりを聞かせてしまっているからな。お前も我儘を言ってくれても構わんのだぞ。それに、エスカなら、ここにいれば安心だ」
「…そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「うむ」
部屋を出て、廊下を歩いていく。
私にはリューナが見えないから、どういう位置関係なのかというのが分からないけど。
とりあえず、近くにはいるんだろう。
「昨日の話だけど」
「ん?」
「新しい生活を始めるかどうかという話だ」
「あぁ」
「お前自身はどうしたいんだ?」
「私自身?まあ、エスカのやりたいようにやらせてやりたいと思っている」
「そういう意味じゃなくてだな」
「…エスカにも、人間らしい生活をさせてやりたいと思っている。この引っ越しには、そういう意味もあったのだよ。言ったかもしれないが。いろんな場所に行って、いろんな人と出会い。それで、人々との関わりを深めたいと言うのであれば、人里に居を構えて。考えは変わらないと言うのであれば、もとの私の住処へ帰ろうと思っていた。住処は、テスカトルが旅の拠点として使って、維持していてくれたらしい。帰る気がないなら、そのまま住み着いてしまうぞと、手紙に書いてあったが」
「ふぅん…」
「降雨霊人日誌だったか、それを読んでいるエスカを見て、やはり人間には関わりが必要なのだと思った。いや、人間に限らず、誰かとの関わりなしで生きていける者などいないからな。私には、まだテスカトルや他の旧友との関わりがあるが、エスカは私と書店員しか関わりを持っていなかった。私は後悔しているのだ、エスカにこんな生活を強いてしまって…」
「人との関わりか」
「ああ…」
エスカは、リューナさえいれば、それでいいと言うだろう。
でも、一方で、降雨霊人日誌のような恋…人との関わりを求めている。
リューナが後悔している隣で、エスカもまた葛藤の中にあったということか。
…リューナは、これからの生活は、エスカの意思に任せるという選択をした。
エスカは、どういう選択をするんだろうか。
「おぅ、紅葉。起きてたのか」
「…草平か。どうしたんだ、こんなに早く」
「散歩がてら、鈍った身体をもとに戻しておこうと思ってな。城の階段は急勾配だから、ちょうどいい。それで、お前は?」
「オレも、朝の散歩といったところだ」
「ふぅん。じゃあ、一緒に行こうか」
「そうだな」
「うん」
朝のまだ薄暗いうちだから手を抜いているのか、草平の変化も中途半端なもので、言ってしまえば二足歩行のトカゲのような姿だった。
なんとも言い難い姿だけど、草平がそれでいいなら仕方ない。
「あ、そういえば。さっき、秋華が俺を見て逃げていったみたいだったけど、なんでだろう」
「お前、その姿を鏡で見てこいよ…」
「あぁ、そのせいなのか?でも、逃げるほどか?」
「秋華はああ見えて臆病だからな。オレの弟子に余計な恐怖を植え付けないでくれ」
「ふぅん…。まあ、今度から気を付けようか」
そう言うと、草平はこの前のきちんとした人間の姿になって。
出来るんなら、最初からやっておけばいいのに…。
完全に変化すると、余計に力を使うんだろうか。
「そういえば、お前、敬語を使わなくなったな。というか、最初だけだったな」
「使わなくていいって言ったのは紅葉じゃないか」
「そうだけど」
「使わなくていいって言われたら使わないよ」
「ふむ。まあ、敬語を使われることに対して抵抗のある者もいるからな。正しい対応だろう」
「お前はどうなんだ?翡翠とかに使われてるけど」
「私は気にしないことにしている」
「まあ、邪神リュナムクともなれば、敬語を使わないやつの方が珍しいだろうしな」
「洞窟の奥で籠っていると、人と会うこと自体が珍しくなるからな」
「なるほど」
「それに、ここに来てからは、秋華と翡翠にしか敬語を使われてない気もするが」
「そうなんだ。不敬な輩が多いんだな、ここは」
「お前もだろうに…」
「そう言われれば、そうかもしれない」
「まったく…」
不敬な輩というか、子供が多いんじゃないだろうか。
だいたい、かつての邪神だからといって、敬う理由もないし。
…秋華は普段から敬語だし、結局、本当の意味で敬語を使っているのは翡翠だけだな。
ここまで敬われない神も珍しいかもしれない。
でも、それだけ身近な存在だから…というのは、意訳のしすぎなんだろうか。
「…まあ、それはいいとして、怪我はどうなったんだ?治ったのか?」
「粗方な。まだ完全に治ったわけではないけど、普段の生活をするくらいなら問題はない」
「そうか」
「ここは心地いい。出来れば、ずっと住んでいたいものだけど」
「龍脈とかいうやつか?」
「ああ。…でも、俺の帰る場所はここじゃないから」
「そうだな」
旅団蒼空。
テスカが改めて団長となって。
…これから、ラズインや天照、ユンディナのような大きな旅団になっていくんだろうか。
それとも、今の少数精鋭で有名になっていくんだろうか。
どちらにせよ、この旅団の再編に立ち会うことが出来て、本当によかったと思う。
「………」
「あ、クア。お帰り」
「………」
「ということは、セルタも帰ってきてるんだ」
「…ワゥ」
「じゃあ、テスカの準備が終われば、いよいよ再始動だな」
「いや、まだだ」
「えっ?」
そうだ。
テスカには、まだやらないといけないことがある。
たぶん、一番大切なこと。
…これを済ませないうちには、再始動も何もないからな。
今のテスカになら、出来るはずだ。