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「そういえば、お前、朝ごはんを食べるのか?」

「まあ、エスカと一緒にな。一人で食べるのは寂しかろうと思って、朝ごはんだけは毎日同じものを食べているんだ。ほんの形式的なものだが」

「お前がエスカと同じ食事で満腹になるとも思えないしな」

「ああ。何日かに一回くらい、獲物を得られればいい」

「何を食べるんだ、お前は?」

「大型の動物だが」

「まあ、そりゃそうか」

「うむ。今は弱ってるとはいえ、ついこの間に食べたばかりだし、お前の力もある。しばらくは食べなくて済むだろう」

「そうかよ…」


しかし、本が腹の中にあるのに、獲物を食べたらどうなるんだろうか。

詰まらないのか?

いろいろ術を掛けていると言ってたし、そこに何かあるのかもしれないけど。


「うむむ…。あやとりって、なかなか難しいね…」

「あやとりなんて、かんたんだ」

「エスカさんは、力が入りすぎなんだと思いますよ。指がまだまだ固いです」

「そ、そうかな…」

「ねぇ、秋華、見てー。九段梯子ー」

「えっ、九段ですか?りるちゃん、すごいですね…」

「ナディアは田んぼだヨ」

「私の知ってる田んぼより、網掛けが多いです…。みんな、あやとりの達人だったんですね」

「それに比べて、私ときたら…」

「エ、エスカさん…」

「おねーちゃんが、おしえてくれた!凛はかわだ!」

「寺子屋で教えてもらったんでしたよね。凛ちゃん、上手な川ですよ」

「かわなんて、めをつぶっててもできる」

「へぇ、すごいですねぇ」

「秋華、見てー。マンジュシャゲだよ」

「ま、曼珠沙華?そんな技があるのですか…?」

「千秋が教えてくれたよ」

「姉さまが?そうなのですか。私も今度、教えてもらいましょうか…」

「秋華はフクジュソウがいいと思う」

「姉さま、よくそんなのを考えられますね…」

「わ、私も、その千秋さんに教わったら上手くなるかな…」

「ちあきは、あやとりのめんきょかいでんだ」

「なるほど…。あやとり界の四天王か…」


あと三人はどこにいるんだろうか。

千秋がそんなにあやとりが上手いとは知らなかったけど。

…しかし、無事にりるとナディアの二人と仲直り出来たようで一安心だな。

昼を食べにいった厨房で、先に出てた凛が二人と仲良く昼を食べてるのを見つけたんだけど。

まあ、喧嘩はしてないと凛自身も言ってたし、どちらが悪いとか、そういうわけではないと納得したかっただけなのかもしれないな。


「あやとりか。そういえば、エスカにはそういう子供らしい遊びをさせてやることが出来なかったな。私には手も指もないし…」

「蛇だしな」

「人間のその器用な手が、今は恨めしいよ」

「…でも、それを考えると、本を書いてる、お前みたいなやつらって、どうやって書いてるんだ?手先の器用なやつらばかりではないんだろ?」

「そうだな。まあ、紙に書く場合は、何らかの術で筆を操ったり、あるいは、念写か何かだろうな。もしくは、そのような従者に代筆をさせているとか。紙に書かない方法もあるが、まあ、いずれにせよ、誰かが書き起こして本にしているのは間違いないだろう」

「ふぅん…。でも、本は大量には作れないだろ。そんな、書店で売れるほど、たくさん本が書かれているのか?」

「人間のように、一冊一冊丁寧に書き写しているのならともかく、念写であれば、割と手軽に増刷出来るらしい。そういう製本を専門とした者もいるという話だ」

「ふぅん…。念写ねぇ…」

「私は使えないが、一度だけ見せてもらったことはある。何百頁(よう)もある原稿を流し読みしながら、隣の紙束へ写していた。熟練になれば、紙束をめくることもなく、一枚ずつ上から写していけるそうだ」

「ふぅん…。いよいよ、人間には無理そうだな…」

「まあ、人間には妖術の類はなくとも、技術がある。そのうち、念写よりも速く、正確に文字を紙に書き写す発明が出てくるだろう」

「そんなことが出来るのかな…」

「出来ないことをするのが人間だ。本は、生活の中に浸透してきている。本来の歴史書や目録だけでなく、料理本に実用書、教本、春本。人間に必要なものは、人間自身の新たな発明によって、必ず便利になるものだ」

「そういうものなのかな」

「ああ。そういうものだ」


まあ、そんな気もするな。

非力な人間は、考える能力を発達させてきた。

それで環境に適応し、生き残ってきた。

これからも、どんどん自分たちが便利になるように考えていくだろう。

どれだけが現実のものとなるかは分からないけど。

…でも、その過程で忘れてはいかないだろうか。

自分たちは、この大きな自然の輪の中に住んでいる一人なんだということを。

自分が環境に適応するべきなのに、いつしか、環境を適応させることにならないだろうか。


「…お前は、生物の輪と言ってたな。不老不死を追い求めて、それから外れるのは嫌だって」

「ああ」

「人間は、輪から外れないだろうか…」

「生物…いや、世界の輪からか」

「………」

「どうだろうな。私には分かりかねるが…」

「おねーちゃん。ふたりあやとりだ!」

「ん?一人でやるのは飽きたか?」

「あきた!」

「そうか。じゃあ、一緒にやろうか」

「うむ」


頷いて、凛は早速田んぼを作り始める。

横を見ると、エスカはまだ、秋華に教えられながら、一段梯子を作るのに四苦八苦していて。

りるとナディアは、何やら複雑な技に挑戦しているみたいだった。


「…私には分からない。しかし、それは、人間が決めていくことだろう。お前や、この子たち。そして、その先の人間たちが」

「そうだな」

「まあ、とりあえずは、本が手軽に手に入れられるように、私は期待して待っているが」

「本、か」

「ああ。本は永遠を語る」

「リュナムクさま。それは、渡人八方放浪記の第五章、本と語らふことの一節ですね」

「そうだったかな」

「ほえぇ…。そんなに細かく思い出せるなんて、すごいですねぇ…」

「そ、そんなことないよ…」

「やはり、お前は記憶力がいいのだな」

「い、いえ…。それを読んだときに、リュナムクさまが、好きな言葉だと仰っていたので、たまたま覚えていただけです…」

「ふふふ、そうか。私の代わりに覚えていてくれたのだな。ありがとう」

「そ、そんな、お礼なんて…」

「おねーちゃん、できたぞ」

「ん?そうだな。じゃあ、始めようか」

「うん」


凛と一緒に二人あやとりを始める。

エスカは、秋華とリューナに褒められて顔を赤くしていたけど。

でも、リューナの言ってた通り、エスカは記憶力がいいらしいな。

…本は永遠を語る、か。

人間は、永遠の果てに、どんな道を歩んでいくんだろうか。

願わくば、本に諭されることのないように。

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