52
風華と灯は涼のところへ行き、セトは広場の隅でいじけている。
子供たちは、私の部屋に集まって昼寝。
私は、その横でただ空を眺めているだけだった。
「ふぅ…」
ため息をついてみても、何が変わるわけでもない。
流れていく饅頭のような雲を見て、いたずらにお腹を空かせるだけ。
桜やユカラは何をしてるんだろうか。
利家と空は議会だし。
美希は見掛けない。
と、葛葉がモゾモゾ動き出して起き上がる。
「ねーねー…」
「ん?どうした?」
「おしっこ…」
「よし。歩けるか?」
「うん…」
葛葉の手を取り、厠へと向かう。
そういえば、前にも光を連れていったな…。
フラフラと歩く葛葉を、なんとか厠まで引っ張っていく。
「ほら。着いたぞ」
「んー…」
戸を開け、中に入っていく。
…開けっ放しだったので、いちおう閉めておく。
ちゃんと閉める習慣を付けさせないといけないな。
「あぅ…」
「どうした?」
「うぅ…」
「……?」
戸を開けて見てみると、寝ぼけていたせいか、下着を下ろさずに用を足そうとしたらしい。
下着だけでなく、着物までびしょびしょに濡らしていた。
「あーあ…」
「うぅ…お母さんにおこられるよぉ…」
「大丈夫だから、な?泣かないで」
「うん…」
葛葉の頭を撫でてやり、ひとまず落ち着かせる。
さて…
「おい!ちょっと手拭いを取ってきてくれ!」
「……?了解しました」
ちょうど近くに来た誰かに頼む。
その間に、下着を脱がせて粗方拭き取っておく。
こりゃダメだな…。
全部着替えさせないと…。
そうしてるうちに、さっきの誰かが戻ってきて、戸の隙間から手拭いを差し出す。
「隊長。どうぞ」
「ありがとう」
「どうしたんですか?」
「ちょっとな…」
「うぅ…」
「あぁ…葛葉ちゃんですか…。他にご入り用のものは?」
「風呂と着替えの用意を頼む。すぐ行くから」
「はい、分かりました」
受け取った手拭いで、きちんと拭いてやる。
そして、下着を手拭いで包み、葛葉を肩に担ぐ。
「あぅ…」
「よし、行くぞ」
厠を出て、真っ直ぐ風呂場へと向かう。
距離も近いので、誰と会うこともなく到着。
さっきの誰か…清正が、葛葉に合う服を探していた。
「あ、隊長。汚れた服はその辺に置いておいてください。あとで洗っておきますので」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ。あとですね…この服って誰のか分かりますか?」
そう言って、綺麗に折り畳まれた服を指す。
「…美希のだな」
「美希?誰です?」
「オレの知人だ」
「へぇ~」
「入ってるのかな…」
「さあ…?中は見てませんので」
葛葉に服を脱がさせて、風呂場に入る。
戸を勢いよく開けると
「きゃっ!」
「やっぱり入ってたのか」
「い、紅葉…?」
「ああ。葛葉もいるぞ」
「葛葉…?」
「お風呂~」
「あ、こら!先に身体を洗え!」
「むぅ…」
葛葉を抱えて止め、洗い場の椅子に座らせる。
しっかりと洗い流し、尻尾も洗ってやる。
「ん~」
気持ち良いのか、足をパタパタさせる。
それにしても、やっぱり九本は多いな…。
って、あれ…?
どれが洗い終わって、どれが洗い終わってないんだっけ…。
「んー、それはもうあらったよ~」
「そうか。どれが洗ってないんだ?」
「これ」
すると、器用に二本だけ振る。
…どういう構造になってるんだろう。
と、美希がジッとこちらを見ていた。
「美希もやるか?」
「え、あ…良いのか?」
「うん、良いよ~」
「そ、そうか。ありがとう…」
「なんで美希が礼を言うんだ」
「な、なんでだろ…」
そして、緊張した様子で湯船からあがってきて、おそるおそる葛葉の尻尾に触れる。
「えへへ…」
「あ…」
すると、葛葉はわざと尻尾を避けてみたりする。
美希は一旦手を引っ込めるが、意を決したように
「やっ!」
「きゃぅ~」
「葛葉は可愛いなぁ~」
「えへへ~」
葛葉を抱き締める。
頭を撫でたり、尻尾を触ったり。
葛葉も嬉しそうにはしゃいでいる
…二人とも、当初の目的を忘れてないだろうか。
「ちゃんと洗っておけよ。オレは出てるから」
「は~い」
「紅葉も、服、脱いできたら?」
「…また今度な」
「そう…」
まったく…。
…美希のは、ちょうど良い大きさ、形だな。
香具夜までとは言わないけど、せめて美希や灯くらいは欲しかった…。
はぁ…。
同じ狼なのに、なんでこんなに違うんだ…?
「ん?どうした?」
「あ、いや…」
「……?」
負け犬の気分を引きずったまま、風呂場をあとにする。
「楽しそうでしたね」
「そうだな」
「葛葉ちゃんの替えがこれです。美希さんの服もすごく汚れていたので、ついでに洗っちゃったんですが…。替えは狼用でよろしかったでしょうか?」
「ああ。ありがとう」
「いえ…。あと、二人とも衛士の服しか用意出来ませんで…」
「いいよ。ご苦労様」
「はい、ありがとうございます。では、失礼させていただきます」
「ああ」
丁寧に敬礼をして戻っていった。
風呂からは、まだ楽しそうな二人の声が聞こえる。
…やっぱり私も入ろうかな。
服を脱いで、風呂場へ舞い戻った。
あー…。
やっちゃってくれましたね、葛葉は。
美希は葛葉のことが大好きみたいですが、どうなんでしょう。