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「リュナムクさま…。おはようございます…」
「エスカ!大丈夫か?」
「はい…。なんだか、今日は気分がいいです。リュナムクさま、朝ごはんにしましょうか」
「エスカ…」
「はい。どうしました?」
「エスカ。もう昼ごはんの時間だぞ」
「えっ。ほ、本当ですか…?」
エスカは身体を布団から起こして、周りを見回す。
そして、困ったような顔で、私の方を見て。
「い、紅葉さん…。今日は、朝は来なかったのでしょうか…」
「お前が朝を寝過ごしただけだと思うぞ」
「わ、私、寝坊してしまったのですか…?」
「寝坊とは言わないだろうな。お前はまだ、ゆっくりと休んで体力を回復する必要があるし」
「そ、そんな…。では、リュナムクさま、朝ごはんはお召し上がりになられたのですか…?」
「ああ。心配せずとも大丈夫だ」
「そうですか…。よかったです…」
「そんなことよりも、身体の具合はどうだ。おかしいところはないか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「おはようございます、エスカさん」
「あ。おはよう、秋華ちゃん」
「あの、今から、師匠とお昼を食べに行くところだったんです。ご一緒にいかがですか?」
「うん。じゃあ、ご相伴させてもらおうかな」
「はいっ」
「まあ、私にとっては朝ごはんだけどね…」
「お昼に食べるから、お昼ごはんなんですよ」
「うん、そうだったね」
「行こうか」
「はい」
まあ、ちょうどよかったのかもしれない。
エスカは布団から出ると、用意してあった服に着替えて。
…私が言うのもなんだけど、人前で何の躊躇いもなく着替えるのはどうかと思う。
二人だけで暮らしていると、そういうところが無頓着になってしまうのかもしれない。
とりあえず、秋華は目のやり場に困っているようで。
「あ、あの、エスカさん…」
「どうしたの?」
「えっと、人前で着替えるのはちょっと…」
「あぁ、別に、秋華ちゃんと紅葉さまだったらいいかなって」
「え、えっと、お気持ちは嬉しいのですが…」
「そっか。じゃあ、気を付けるよ」
「す、すみません…」
「いいのいいの」
どうやら、人前で着替えるのは不味いということは分かっているらしい。
要らぬ気遣いだったようだな。
…話してる間に、エスカも着替え終わって。
例のごとく、衛士の白い服だった。
大きさはちょうどよかったみたいだ。
「綺麗な服ですね」
「そうか?まあ、厨房に行こうか」
「はい」
「エスカさんと一緒にお昼ごはんですかっ」
「そうだな」
「エスカ。歩けるか?大丈夫か?」
「ふふふ。リュナムクさま、少し心配しすぎですよ」
「心配をしすぎることなどない。エスカは、私の大切な一人娘なのだから…」
「大丈夫ですよ、リュナムクさま。さ、行きましょう」
「むぅ…」
まあ、なんと言うか…。
エスカの方が、よっぽどしっかりしているようだ。
秋華と一緒に、先に部屋を出て。
私もそれに続く。
「エスカ…」
「心配性だな、お前も」
「当たり前であろう…」
「そうかもしれないけど」
「エスカさんは、リュナムクさんの従者を始めて、どれくらい経つのですか?」
「どのくらい経ったかな。あんまり覚えてないけど、赤ん坊の頃から、リュナムクさまに育てていただいていて、少しでも恩に報いることが出来たらと思ってるよ」
「そうなのですか。私は、師匠の弟子になって、まだ日も浅いですが、師匠の一番の弟子になれるよう、精進していきたいと思っていますっ!」
「一番の弟子も何も、オレはお前以外に弟子は取ってないからな…」
「いいえっ。ただ単に一番という順位を取ることだけでなく、常に師匠の弟子として相応しくありたいと思っている次第ですっ!」
「まあ、志は立派だけど、あまり気張りすぎないようにな…」
「はいっ!」
「…よい弟子を持ってるじゃないか、紅葉」
「いい弟子はいい弟子なんだけどな…」
「ふむ」
真っ直ぐすぎるというか、なんというか。
まあ、前々から分かっていることだし、何度も言ってきたことだけど。
秋華は、直立不動の大木のようなやつだな。
「そういえば、エスカさんはリョウゼン書店を利用されていると聞いたのですが」
「うん、使ってるよ」
「どんな書物があるのですか?」
「いろいろかな。小説から専門書まで」
「小説も置いてるのですか?」
「うん。でも、お店によってまちまちじゃないかな」
「そうなのですか…」
「秋華ちゃんは、どんな本が好き?」
「えっと、その…。私が読みたいと思ってるのは、指南書というか、武道の本で…」
「そっか、武道か。何かやってるの?」
「は、はい。北の拳法と、剣道を」
「そうなんだ。じゃあ、秋華ちゃんの将来の夢は、お侍さんかな?」
「はいっ。立派な侍になりたいとは、常々思っています。しかし、さすがにそれだけでは食べていけませんし…」
「そっか。まあ、毎日木の実と野草ってわけにもいかないしね」
「そうですね…」
「割と現実を見るのだな、秋華は」
「そうだな…」
その歳でそこまで考えるのかとも思うけど、まあ、確かに、ただ侍というだけでは食べていけないだろうな。
うちに来て衛士として働いたり、道場を開いたり…。
まあ、道はいろいろある。
…それはともかく、エスカはどうして、秋華たちに対しては普通の喋り方なんだろうか。
子供だからか?
ツカサや翡翠には敬語だったし、ナナヤと風華にも敬語だったから、そうなのかもしれない。
何にせよ、早く子供たち以外とも話せるようにならないとな。