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「んー」
「なんだ、お前は急に…」
「おねーちゃんは、へびのゆーれいがみえるのか?」
「いや、オレは取り憑かれてる側だから見えないけど…」
「ふぅん。凛といっしょだな」
「まあ、今はな…」
「うむ」
どうも機嫌が悪いらしい。
いきなり部屋に飛び込んできて、私の胡座の上に座り、開口一番にそんなことを聞いて。
…秋華も少し戸惑っているみたいだ。
「りるとナディアは、いみがわからん」
「凛ちゃん、喧嘩でもしたのですか?」
「けんかなんてしてない」
「まあ、とりあえず、何があったか話せよ…」
「りるとナディアが、へびのゆーれいがいるっていうんだ」
「昨日も言ってたな」
「へびのゆーれいなんていないのに」
「………」
「凛ちゃんは、蛇の幽霊が怖いんですか?」
「こわくなんかない!」
「そ、そうですか…」
「お前は何を気圧されてるんだよ…」
「す、すみません…」
「はぁ…。それで?蛇の幽霊が何なんだ」
「凛が、へびのゆーれいなんていないっていったら、いるっていうんだ」
「それは、さっきも聞いたな…」
「いみがわからない」
「まあ、見たり聞いたり出来ないものの存在を信じろというのは、なかなか難しいけどな…」
「りるとナディアは、うそをついてるのか?」
「嘘はついてないと思いますよ」
「じゃあ、凛がうそをついてるのか?」
「凛ちゃんは、嘘をついてるんですか?」
「ついてない」
「それじゃあ、凛ちゃんは嘘をついてないし、みんなも嘘はついていないんですよ」
「だれが、うそをついているんだ」
「誰も嘘をついてません。りるちゃんとナディアちゃんの言うことも本当ですし、凛ちゃんの言うことも本当です」
「さっぱりわからん!」
私の膝をパシパシと叩いて、秋華に抗議の意を示す。
でも、秋華は、今度は凛の大声に気圧されることもなく、ニコニコと笑っていた。
「凛ちゃんは、蛇の幽霊なんていないと思うから、いないって言ってるんですよね。それは、確かに嘘ではありません。でも、りるちゃんとナディアちゃんには、蛇の幽霊が見えるみたいですから、いると言ってるんです。これも、嘘ではありません」
「なにがほんとうなんだ?」
「凛ちゃんには見えていないかもしれませんが、蛇の幽霊がいるというのは本当です」
「でも、みえないのに、いなくてもわからない」
「そうですね。じゃあ、こうしましょう。凛ちゃんは、私が見えますよね」
「うん」
「私は、実は、蛇の幽霊が見えます。りるちゃんやナディアちゃんと同じように」
「ふぅん」
「だから、凛ちゃんは、私を信じてください。私は、蛇の幽霊がいることを信じます」
「しんじる?」
「はい。蛇の幽霊を信じてる私を信じれば、凛ちゃんも蛇の幽霊を信じているということになると思いませんか?」
「へびのゆーれいはいるのか?」
「はい、いますよ」
「へびのゆーれいは、凛にはみえない」
「そうですね」
「でも、あきかはみえてる」
「はい、見えてます」
「へびのゆーれいをみてるあきかをみたら、凛もへびのゆーれいがみえるのか?」
「凛ちゃんは、たぶん見えないと思います。でも、信じてあげることは出来ますよね」
「しんじる…」
「はい。私を信じなくても、りるちゃんやナディアちゃんでも構いません。見えなくても、信じていれば、蛇の幽霊はきっとそこにいますから」
「へびのゆーれいが、ここにいる…」
そう言いながら、まだ鱗が取れない私の腕を撫でて。
それから、何か唸ってみたり、尻尾をくねらせてみたりして。
「へびのゆーれいは、みえないけどいる。あきかと、りると、ナディアをしんじれば、へびのゆーれいは、ここにいる」
「はい、そうです」
「じゃあ、へびのゆーれいのこと、しんじる。みえないけど、あきかと、りると、ナディアをしんじてるから。いるのにいないなんていったら、へびのゆーれいがかわいそうだ」
「そうですね。信じてくれて、ありがとうございます」
「おねーちゃん」
「なんだ」
「おねーちゃんは、へびのゆーれいはみえるのか?」
「見えないって、さっき言っただろ?」
「うん。でも、へびのゆーれいはいるのか?」
「…ああ、いるさ。凛が信じていればな」
「そっか。いるんだな、やっぱり。りるとナディアは、うそつきなんかじゃなかった」
「そうだな」
「でも、さっきまでは、凛がしんじてなかったから、へびのゆーれいはいなかったのか?」
「蛇の幽霊は、ずっとここにいる。凛に信じてもらえるのを、ずっと待ってたんだ」
「そうか。またせてしまったな。わるいことをした。もうしわけござらん」
「お前、そんな言い回し、どこで覚えてくるんだよ…」
「そうか。まってたのか、へびのゆーれいは」
同じようなことを、確認するかのように、何回も繰り返し口に出して。
凛なりの、納得の仕方なのかもしれない。
…結局、秋華が全部納得させてしまったけど。
この癖もあるし、こいつと話すのは、なかなか根気がいるんじゃないだろうか。
「…ところで、私は幽霊ではないのだがな」
「いいじゃないですか、細かいことは」
「む。あきか、だれとはなしてるんだ?」
「蛇の幽霊ですよ」
「………」
「そうか。へびのゆーれいとか。凛も、へびのゆーれいにあってみたいな」
「会ってあげられないんですか?」
「不可能ではないが、紅葉に取り憑いてる今のこの状況では、かなり無理があるだろうな」
「そうですか…。早く会えるようになってあげてくださいね」
「まあ、そうだな…」
「へびのゆーれいって、きっとかっこいい。わるものも、みんなやっつける」
「どちらかと言えば、私の方が悪者だけどな…」
「でも、凛はわるものじゃないから、へびのゆーれいとなかよくなれる」
「そうですね。仲良くなりましょうね」
「うむ」
凛は満足げに頷いて。
リューナは少しため息をついていたけど、どこか嬉しそうだった。
…まあ、これで、りるやナディアとも仲直り出来そうだな。
信じられるものを信じさせることで、信じられないものを間接的に信じさせる。
それが、いつしか直接信じられるようになっている…かもしれない。
回りくどいやり方だし、全く確実ではないけど。
信じられるものがあるのなら、これが一番の近道なのかもしれないな。