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「リョウゼン書店ですか?はい、知ってますよ」

「そうか、知ってるのか」

「あそこは、専門書や難しい本ばかりが置いてあると聞きますが…。あ、もしかして、何かお求めなのですか?」

「いや。少し気になっただけだ」

「そうですか。北の拳法や剣道についての指南書も置いてあると聞いたので、私は一度行ってみたいのですが…」

「まあ、今度、一緒に行ってみようか」

「ほ、本当ですか?あの、難しい本ばかりだと聞いて、なかなか行き難くて…」

「難しい本だからと言って、敬遠することはない。要は、お前自身の学びたいと思う気持ちが大切なのだからな」

「は、はい…。しかし、まだまだ未熟な私が、そのような指南書を手に取ってもよろしいのでしょうか…?」

「何のための指南書なのだ。未熟だと思う者が自ら手に取り、学ぶためのものだろう。いいか悪いかではなく、常に謙虚であるその心持ちが成長のためには必要であり、そのような心を持つ者に読んでもらえるとなれば、それこそ、指南書冥利に尽きるというものだ」

「あ、ありがとうございます…。あの、今度、是非、手に取ってみようと思います」

「そうだな。それがいいだろう」

「はいっ」


誰が書いた指南書かは分からないが、秋華ならきっと、役立てられるだろうと思う。

秋華の気に入る本が見つかればいいな。


「…それにしても、エスカさん、なかなか起きませんね」

「傷を治すというのは、殊のほか体力を使うものだ。エスカは、私の力を取り込んでいるとはいえ、全身を火傷する重症を負ったんだ。可哀想だが、私たちには見守るほかはない…」

「あっ、で、でも、ほら、ぐっすりと眠っているようですし、きっと、絶対、またすぐに元気になってくれますよねっ」

「…そうだな。ありがとう」

「い、いえっ。お礼なんて、そんなのいいですよっ」

「…そういえば、秋華」

「は、はいっ。あ…。な、なんでしょうか、師匠」

「お前、算数はどれくらい出来るようになったんだ?」

「さ、算数ですか…?」

「ほぅ。お前は、武道の上に算術もこなすのか。文武両道というわけだな」

「そ、そういうわけではないですが…。少し前までは、武の道を極めようと、ひたすら身体的な強さと稽古に固執していて。お恥ずかしい話ですが、あるときに師匠に惨敗いたしまして、それ以来、師匠に師事しているのです」

「ふむ。紅葉は秋華の武の師匠だったのか。師匠師匠と、なぜそう呼ぶのかと思っていたが」

「最初はそうでした。しかし、ある日、武の道は身体の強さだけではない。心の強さでもあると、ご指導たまわりまして」

「ふむ。確かにそうだな」

「ですので、今は、師匠は武の道の師匠というだけでないのです。そして、それからは、寺子屋にも参加して、心も鍛えるようにしたのですが」

「なるほど」

「そ、それに、字や頭もよくなりますし…」

「ふむ。字はともかく、お前ほど頭のいい者もなかなかいないと思うが」

「そ、そんなこと、全然ないですよっ!算数だって、望がスラスラ解ける問題も、何倍もの時間を掛けないと解けませんし…」

「確かに、計算の早さも頭の良し悪しの指標のひとつになり得るが、何もそれだけで決まるというわけでもない。肝心なのは、何をどう考えるかということだ」

「は、はぁ…」

「お前は、ものを考える素質がある。計算は遅いかもしれないが、恥じることはない。胸を張って、そのまま前に進むことだ。計算など、慣れればすぐに早くなるしな」

「は、はい…。よく分かりませんが…」

「それでいいんだ。分からなくてもいい」

「はい…」


秋華は自信なさげに返事して。

自己評価とリューナの評価との差異に戸惑っているようだな。

…私はこんな性格だから、あまり言わないけど。

でも、リューナと同じ考えだ。


「しかし、エスカにも習字や算術をやらせてやろうと思うのだが、あれだけ人を怖がるとは思わなかったのでな…。あれでは、寺子屋にも参加できまい…」

「まあ、すぐには無理だろうな」

「紅葉。お前だけは大丈夫なようだから、エスカにいろいろと教えてやってはくれないか?慣れるまでの間でいい」

「オレなんて、誰かを教える立場にはないよ。秋華はともかくとして…」

「師匠は、お習字の先生にも褒められるくらい、字が上手いんですよっ!ですので、お習字なら大丈夫じゃないですか?」

「字が上手いのと、字を教えられるというのは、また別の世界の話だからな」

「うっ…。それはそうかもしれませんが…」

「まあ、秋華にとっては、紅葉は自慢の師ということだろう」

「はいっ!そうですっ!そういうことですっ!」

「どういうことだよ…」

「ふふふ。…よき師を持ったな、秋華は」

「よき師か、オレが?」

「弟子に本当に尊敬される師というのは、なかなかいないものだ。全幅の信頼を寄せているようで、どこかで反感を持っていたりするからな」

「それは、どちらかと言えば、秋華の性格によるものなんじゃないのか?こいつは全く人を疑おうともしないし」

「真に純粋な人間などいないものだ。秋華も、人を疑わないとはいえ、紅葉の嫌な部分のひとつや二つ、見つけているはずだが。どうだ?」

「えっ。あの、えっと…」

「お前はえらいことを聞くな…」

「しかし、ないと即答出来ないところを見ると、思い当たる節があるということだろう?」

「うぅ…。す、すみません、師匠…。わ、悪いところというわけではないのですが…」

「いや、オレの悪いところなんていくらでもあるからな。それをお前が見つけたとしても、謝る必要なんてない」

「し、しかし…」

「それで、紅葉の嫌いなところとはどこなのだ?」

「だから、お前は…」

「悪い部分を指摘され、自覚することで、そこを直すことも出来る。そういう意味でも、聞いておく価値はあるだろう」

「それはそうだけど、本人を前にして欠点を抜け抜けと言えるやつは、余程のものだぞ…」

「ふむ、そうか?」

「あ、あの、私は、師匠の悪いところも含めて全部好きですし、尊敬していますのでっ」

「…そうか。ありがとな」

「い、いえ…。事実ですのでっ」

「ふふふ。まあ、秋華に免じて、この件は不問ということにしておこうか」

「まったく、お前は…」


不問も何も、リューナが、秋華に私の悪口を強要してたんじゃないか。

私がそんなことを言われる筋合いはない。

…でも、秋華が見つけた、私の悪いところというのは気になる。

他の誰でもない、私の弟子である秋華が見つけた欠点というのは。

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