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リュナムクの横で眠るエスカを見て。

白狼は端正な顔立ちの者が多いと言うが、こいつは確かに美人と呼ばれる人間だと思った。

日に焦がされた肌を見て、これはどうなるんだろうと案じていたけど。


「起きてたんだ」

「…犬千代」

「どう、エスカは」

「ぐっすり眠っている」

「そっか。変わりはないようだね」

「ああ。あと、お前だけじゃなく、大人はどうも、まだ怖いらしい。男女限らず。ナナヤとかでも試してみたんだけど」

「まあ、今まであんまり交流がなかったからだろうね」

「そうだな…。でも、書店員とかいうやつは怖くないらしい」

「書店員?人間の?」

「ん?どういうことだ?」

「リュナムクは邪神とも呼ばれる存在で、エスカはその従者だ。その書店で本を買っていたにしても、普通の人間なら、いつ来ても変わらないエスカに疑問を覚えるんじゃないのかな」

「そう言われてみれば…。それに、そこでたくさん本を買っていたという風なことは言ってたけど、エスカの言い方は、ただ一人の書店員というような言い方だった」

「…察しの通りだ。その書店は、ただの書店ではない」

「リューナ。起きてたのか」

「えっ、起きてるんだ。じゃあ、ちょっと聞かせてもらおうかな」

「エスカや子供たちが起きるかもしれん。少し、外に出よう」

「そうだな。犬千代、外に出るぞ」

「あ、うん」


近くに置いてあった羽織を来て、部屋を出る。

ツカサの布団だけは綺麗に畳まれていたけど、あとはみんな、よく眠っているようだった。

…まだ少し寒い廊下を歩いていって、利家の部屋…政務室の前に着く。


「ここでいいんじゃない?」

「そうだな」

「む。この部屋はオスの匂いがするな」

「適当なことを言うな」

「適当なこと?何?」

「いや、こっちの話だ…」

「そう?」

「若いオスの匂いだ。メスを欲しているような…」

「お前な…」

「ふふふ、まあよい。部屋に入ろう」

「はぁ…」

「何だったの?」

「なんでもない…」

「ふぅん…」


若いオスの匂い?

どんな匂いだ。

私には、利家の匂いしか分からないけど…。

いや、利家を捕まえて、若いオスと言ってるのか?

何にせよ、おかしなことは言わないでほしいものだ…。

利家に聞こえてないからいいようなものの…。


「それで、書店員の話だけど」

「ああ、そうだな。私たちが本を買っていた書店というのは、さっきも言った通り、人間がやっている普通の書店ではない。正しくはリョウゼン書店といって、経営しているのは書庫隊と呼ばれる者たちだ」

「リョウゼン書店?書庫隊…?」

「へぇ、リョウゼン書店か」

「犬千代、知ってるのか?」

「いちおう、市場の中にもあるよ。ユールオは貸本屋がすごく発達してるし、本を買って読むのなんて専門職の人くらいだけどね。それでも、あの貸本屋にもないような本が置いてあったりして、僕もときどきお世話になってるんだよ」

「ふぅん…」

「こういうところにあるものは、普通の人間が入ってるかもしれないが。私たちが使っていた書店は移動式で、年に一回か二回、住処の近くを通ったときに本を売ってもらっていたのだ」

「移動式?本を担いで売り歩くのか?」

「こちらに回ってきていたのは、二頭引きの幌龍車に本を乗せていたものだったな」

「龍車?龍が引っ張ってるのか?」

「そうだ。給料もいいらしいぞ」

「いや、知らないけど…」

「龍車かぁ。森や山奥に現れる、龍が引く幽霊馬車の話は本当だったんだね」

「そんな話があるのか…」

「ヤゥトでは割と有名な怪談だけどね。森の中を、ときどき、ぼんやりとした光の球が漂っていることがある。近付いてみると、蒼く光る提灯を提げた幌馬車を、提灯の光を妖しく反射する鎧を身に付けた龍が、黒尽くめの御者に駆られて、音も立てずに闇から闇へ…ってね」

「鎧を着けているかどうかは御者の趣味に依るだろうが、おおよそ、そんなところだ」

「ふぅん…。鎧は御者の趣味だけど、それが書庫隊の龍車だそうだ」

「そうなんだ。今度見掛けたら、本を見せてもらおうかな」

「それもいいだろうが、そういった龍車の御者は、人間の姿をしていないことが多いから、覚悟しておくことだな」

「人間の姿をしていないって、どんな姿なんだよ」

「頭は犬、上半身は人間、下半身は虎、蛇の尻尾に、背中には鷲の翼とかな」

「まるで鵺だな…」

「まるでも何も、鵺の一種だ。まあ、私のところに来ていたのは、人の女に化けた狐だったが。エスカは、人間だと信じきっていたようだ」

「ふぅん…。御者は鵺みたいなのが多いらしいから、覚悟しておけとさ」

「へぇ、鵺か。ちょっと楽しみかも」

「やっぱり変わってるな、お前は…」

「紅葉の夫だからね」

「オレを巻き込むな」

「えぇー。紅葉も、相当変わり者だよ」

「はぁ…」

「夫婦は似ると言うからな」

「嫌な言葉だ…」

「なんて?」

「なんでもない…」


少なくとも、私は鵺の書庫隊員に会いたいとは思わない。

まあ、狐が化けたものくらいになら、会ってもいいかもしれないけど…。

その怪談に出てくる黒尽くめが、鵺なのか何なのかは分からない以上は…。


「でも、他では見られないようなすごく珍しい本もあるのに、どこから集めてるんだろっていつも思うんだ。聞いたこともない人が書いてたり」

「そういうのは、私たちのような者が書いたものを、代行して出版しているのだと思う」

「リューナみたいなやつらが書いたものも、本にして売ってるらしい」

「へぇ、そうなんだ。そういう人が書いた本って、どの薬学書にも書いてないような薬の製法が書いてあったり、不治と言われてる病気についての治療法の研究が書いてあったりして、すごく勉強になるんだ」

「そういう研究に従事している者もいるということだろう。まあ、人間に興味があるのか、病に興味があるのかは知らないが」

「ふぅん…。そういう研究に従事してるやつもいるということらしい。人間の病気を治そうとしてるのかどうかはともかくとして」

「そうなんだ。僕も、いろいろと研究したいんだけどなぁ」

「お前は、まずはこの国のことをやらないとだろ」

「そうなんだよねぇ。困ったことに」

「お前な…」

「ははは、冗談だって」

「まったく…」


こいつは本当に、この国を引っ張っていく立場にあるってことが分かっているんだろうか。

いや、分かってると思うけど。

…でも、改めて考えてみると、こんなのほほんとしたやつが国の頂点に立っているというのは、どうなんだろうか。

少し不安を覚えなくもない。


「でも、そっか。リョウゼン書店って、結構有名な書店だったんだね」

「まあ、日ノ本全土に展開しているらしいからな。規模だけで言えば、これ以上大きなものはないだろうな」

「日ノ本全土に展開してるんだってさ」

「へぇ、そうなんだ」


それにしても、だ。

妖怪の類が経営する、全国規模の書店。

人間がやらないような研究をする、人間でない学者。

…私の知らないものが、この世界には、まだまだ満ち満ちているんだな。

そういうものを知りたいと思うのは、やっぱり私が変わり者だからなんだろうか。

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