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利家は、聴診器での検査や、簡単な触診や問診を続けていく。
そして、気が付いたことなんかを横の個別表に書いていって。
…テスカは、利家を呼んだ足で、そのまま用事に戻ったらしい。
リカルのことなんかも聞きたかったんだけど、まあ、また今度聞けばいいか。
「だ、大丈夫なのか…?」
「大丈夫なのか?」
「経過観察しないことにはなんとも言えないけど、今のところ、異常はないみたいだね」
「そうか…。よかった…」
「でも、こんなに早く目覚めるなんて思ってなかったよ。ビックリした。リュナムクの力ってすごいんだね」
「………」
「そうだな」
「まあ、また夜に様子を見に来るよ。じゃあ、仕事に戻るね」
「ああ。お疲れさま」
「どうも」
利家は検査器具を片付けてから、部屋を出ていって。
まあ、今のところは大丈夫ということでよかった。
リューナも、安堵のため息を漏らしている。
「よかった…。エスカ…」
「申し訳ありません…。ご心配とご迷惑をお掛けしてしまって…」
「いいんだ、そんなことは。身体に障るから、今はまだ寝ていなさい」
「はい…」
「そうだ、今のうちに同調を済ませておこう」
「おい、あまり体力を使うようなことはやめておけよ」
「いや、すぐ済む。もし異常があったらと思ったが、ないみたいなのでな」
「そうか」
「エスカ、いいか?」
「はい…」
何をしているのかは分からないけど、二人は一瞬静かになって。
でも、リューナの言ってた通り、すぐに終わったみたいだった。
「ありがとうございます…」
「礼は言わない約束だっただろう」
「そうなのですが…。リュナムクさまと離れ、方々を彷徨っている間、リュナムクさまから賜っている御恩の大きさを、改めて感じることが出来ました…。ですので、是非とも言わせてもらおうと思った次第です…」
「私は、お前の親として、当然のことをしているまでだ。恩義に感じることなど何もない。礼を言うのであれば、そこにいる紅葉や、先程の利家に言うといい」
「はい…。それはもちろんのことなのですが…」
「礼なんて要らない。早く元気になってくれれば、それでいいから」
「寛大なお言葉、心に沁み入ります…」
「とにかく、さっさと自分で起き上がれるくらいまでには回復することだな」
「はい…」
そっと頬に触れてやると、エスカは小さく微笑んで。
火傷の痕も残っていない、綺麗な肌だった。
その辺りからも、恐ろしい回復力だとは思うけど。
でも、だからといって、エスカはエスカなんだから。
一人の礼儀正しい女の子だ。
…それと、利家も問診で聞いていたけど、やはり目が見えてないらしい。
話を聞いてる限り、判断基準が匂いや気配、音とかそういうものみたいだったから、もしかしたらとは思ったけど。
今は、澪の力で月だって見ることも出来るけど、少し前までは、私も限定的にだが目が見えていなかったから。
だからどうというわけではないけど、少しでも力になってやれたらと思う。
「………」
「…眠ったか」
「そうだな」
「消耗しているのだな…。可哀想に…」
「…今のうちに、聞いておきたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「エスカは、本当に目が見えないんだな?」
「ああ。しかし、同調することによって、望んだときに私の感覚を自由に使うことが出来るようになる。まあ、私の力が流れ込んでいるからな」
「お前の一部になってるってことか?」
「そうだな…。その表現が本当に正しいのかどうかは、なんとも言えないが…。エスカはエスカだ。私の一部などではない」
「本を読むのも、その同調とかいうのを使ってるのか?」
「そうだ」
「ふぅん…。それで、本はどこにあるんだ。エスカが読みたいって言ってたけど。洞窟に置いてきたりしたんじゃないのか?」
「せっかく、長年掛けて集めたのだ。そんなことはしない。まあ、なんだ、その…。あまり気持ちのいい話ではないのだがな…」
「なんだよ」
「うむ…。お前だから言うが、いろいろと特殊な術を掛けてだな、呑み込んであるのだ…。もちろん、普段からそうしているわけではないが、移動している間だけの処置としてだな…」
「ふん。胃袋の蔵書庫とは、また風情があるな」
「むぅ…。そう言ってくれるな…。こうするより他はなかったのだ…」
「まあ、エスカが大風呂敷を背負って歩くわけにもいかないしな」
「ああ…」
しかし、またこの話か。
うちに集まってくるでかいやつらは、丸呑みだとか、そういう話題ばかり持ってくるな。
身体が大きいからということもあるんだろうか。
…とりあえず、腹の中の蔵書庫は、ちょっと興味があるかもしれない。
やっぱり、本を取るにも呑まれないといけないんだろうか。
なんともツカサが喜びそうだな。
「でも、幽霊なのに、腹の中に本を仕舞ってるなんて、なんか変なかんじだな」
「半物質とでも言うのだろうか。完全な霊体ではないから、そういうことも可能なのだ。まあ、見るのにも触れるのにも、ある程度の力が必要なのは確かだが」
「でも、何の力も持ってないもの…たとえば、本や食べ物なんかでも、ちゃんと呑み込むことが出来るんだろ?」
「ああ。その辺は、私にもよく分からない。必要だと感じたものには、選択的に触れられるのかもしれないな。だが、触れようと思っても、必ず触れられるというわけではないんだ」
「ふぅん…」
「まあ、今は残念ながら、紅葉に私たちの自慢の蔵書を見せることは出来ない。私が紅葉に取り憑いてる身…つまり、紅葉に呑まれていると言ってもいいような状態だからな。腹の中にいる者が、その捕食者を呑むなんてことは出来ない」
「大蛇を呑むなんて、なんとも嫌な図だけどな」
「ふふふ。大蛇で、しかも邪神だぞ?神をも呑み、腹に納める者など、そうはおるまい」
「開いてる口にわざわざ自分から飛び込んで、無理矢理胃袋に住み着いたようなものだけどな、お前の場合は…」
「ははは、違いない。それでも、故意ではないにしろ、私のような者でも呑めるということは、お前の力が相当なものだということを証明しているがな」
「まったく…。笑い事じゃないぞ…」
まあ、今更腹を立てる気も湧かないけどな。
今はもう、どうとでもしてくれといったかんじだ。
…そういえば、前に翡翠が澪を呑んだことがあったっけ。
すぐに反撃されてたけど。
私の場合も、あんなかんじなのかな…。
「紅葉の中は居心地がいい。住処にしていた洞窟と似たような温かさを感じる」
「お前に永住権はやらないからな」
「それは残念だな…。しかし、それでも、ゆっくり休養出来るというものだ」
「まったく…」
そう言われると、悪い気はしない。
ただし、良い気もしないんだからな。
その辺は、きっちりと分かっておいてほしいものだ。
…まあ、ふと永住権はやらないと言ってしまったが、二人が望むのであれば、ここに住んでもらっても構わないと思っている。
旅を続けるのなら、それでもいい。
だけど、行くあてがないのなら…。
いや、これは私の我儘なのかもしれないな。
でも、もっと二人のことが知りたい、もっと二人と話していたい。
そう、思ってしまう。