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「さすがは邪神の眷族ってところだね。火傷の方はもう治りかけてるよ。あとは、意識が戻るのを待つだけかな」

「本当か?意識は戻るのか?」

「意識は戻るのかって聞いてるけど」

「さあ、まだ分からない。普通の人間だったら死んじゃってるような火傷を負って、生きてること自体が不思議なくらいなんだ。そこは、永遠の生命っていうのを信じるしかないけど、まあ、不死身の人間なんて診たことがないからね。なんとも言えないっていうのが薬師としての見解だけど、僕自身は、きっと目覚めるって思ってるよ」

「…ありがとう」

「ありがとうだってさ」

「そっか。じゃあ、僕は戻るよ。こっちが本業とはいえ、あんまり仕事を放っておくと、いろいろと五月蝿いからな」

「五月蝿い?議会がか?」

「まあな。目が覚めたり、何か異常があったら、すぐに報せて」

「分かった」

「それじゃあ」


利家はそのまま医務室を出ていって。

そして、また私とリューナとエスカの三人だけになった。


「エスカ…」

「寝ても覚めてもエスカだな」

「エスカは、我が娘なのだ…。心配するのは当然だろう…」

「まあ、そうだな」

「私の不注意で、こんなに苦しめることになってしまうとは…。すまない…」

「今は、一刻も早い回復を願おうじゃないか」

「うむ…。私に出来ることは…。そ、そうだ…。身体を清めてやらないと…」

「さっき、ちゃんと利家が身体を拭いてくれてたじゃないか。あまり変なことはしない方がいいんじゃないのか」

「そ、そうだったな…。薬師に任せるのがいいか…」

「まったく…。前には、こういうことはなかったのか?」

「あるわけがなかろう…。ずっと傅いてきたのだ…。エスカは、もともと住んでいた洞窟の中で読書をするのが好きで、本を買いに行ったり散歩をしたり、とにかく外に出るときは必ず私が一緒についていって…」

「箱入り娘というわけか…。まあ、太陽の光で火傷をしてしまうくらいだからな…」

「私は本来、闇に生きる者。私自身は霊体に近いし、太陽の光などどうということはないが、エスカは生身の人間だ。しかも、闇の力を取り込んでいるせいで、光の下では生きていけない身体なのだ…」

「ふぅん…。よく分からないけど」

「直接日光のような強い光の下に行くと、光に掻き消される闇のように身を焦がすことになる。そうならないように、普段は結界を張っているのだが…。直接でなければ…たとえば、日陰や薄曇り程度であれば、私の力の方が勝るから大丈夫なのだが…。なぜなんだ、エスカ…」

「起きてから聞くしかないだろうな」

「そうだな…」

「ところで、もともと住んでいた洞窟ってのはどこにあるんだ?」

「ここからずっと西の方角へ行ったところだ。もう一月半は旅を続けている」

「なんでなんだ?」

「私たちの住んでいた場所の近辺で戦が始まってな…。兵士というのは、たとえ聖域でも構わず火を放ったり、踏み荒らしたりする。それに、いくら追い払ったり喰い殺したりしてみても、無尽蔵に攻め入ってくる。だから、私たちが根負けしたのだよ…。住み慣れた場所を捨て、北にでも帰ろうかと思っていたのだ…」

「そうか。でも、なんで北から南下してきたんだ?」

「エスカを育てるのには、あの場所は寒すぎたのだ。人間の衣類を手に入れるくらいは造作もないことだが、さすがにエスカのための温かい家を、人間のように作ったり、誰かから奪ったりすることは出来ない。だから、南下して、少しでも温かい場所をと探していたんだ」

「ふぅん」

「エスカも充分大人になり、身体を温める方法や自分で火を起こす術も身に付けた。だから、もういいかとも思ってな」

「そうか」

「私は、エスカとの静かな暮らしを望んでいるだけなのだ…。毎日、洞窟の奥、揺らめく蝋燭の光の下で、二人して本を読み耽り。夜には満天の星空を見上げながら、森の静寂の中を語り合いながら歩く。そんな暮らしを…」

「………」

「私には贅沢な望みなのだろうか…。それならば、せめてエスカにだけでも…」


どんな様子かは見ることが出来ないが、誰もが望むであろうことを願い、こんな風に啜り泣く者が、かつて邪神と呼ばれた者だと想像のつくやつはいるのだろうか。

きっといない。

…リューナは、この小さな願いを叶えることは許されないのだろうか。

エスカとの、ひっそりとした毎日を…。


「幽霊攻撃ーっ!」

「ぐっ…。な、なんだ…?」

「り、りるちゃん…。ダメですよ、そんなことしちゃ…」

「ここになんかいるのか?」

「えぇい、悪い蛇めーっ!」

「ま、待て…。なぜ私を殴るんだ…」

「リューナは、やられたーって言って倒れるの!」

「何かのごっこ遊びか…?」

「…というか、お前、打撃が効くんだな」

「おねーちゃん、りるがへんなことばっかりいうんだ」

「凛。変なこと?」

「あ、あのですね、師匠…」

「まあ、だいたい分かるから」

「そ、そうですか…」


りるは、たぶん英雄ごっこか何かをしてるんだろう。

それで、凛と一緒にリューナを倒しに行こうとでも言う。

でも、昨日の夜を考えると、凛にはリューナが見えなかったみたいだから、りるの言ってる意味が分からない。

とりあえず、ついてくるだけついてきたけど、やっぱり分からない…といったところだな。


「りるは、なかなかの力を持っているようだな…」

「そうだな」

「おねーちゃん、いっしょにあそんでくれ」

「ダメですよ、凛ちゃん。今日は寺子屋でしょ?」

「てらこやのきぶんじゃない」

「もう…。我儘言っちゃいけません」

「うぅ…」

「まあ、始まるまでまだ時間はあるし、ちょっと遊ばせてやったらどうだ」

「うっ…。師匠がそう仰るのであれば…」

「おねーちゃんは、てらこやにはこないのか?」

「ちょっと行けない事情があってな」

「……?」


まあ、リューナもつれていけばいいのかもしれないけど。

でも、私もリューナもエスカのことが気になるし、今日はやめておこう。

…なんだか満足げに私の胡座の上に座る凛を撫でながら、そんなことを考えてみる。

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