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風華は利家の言う通り、医療室にいた。
横に覚書を置きながら書簡に何かを書いてる。
たぶん、目録を作ってるんだろうな。
「ワッカ…解熱、鎮痛作用…。処方量に注意…」
…ものを書きながら、内容を喋る癖でもあるんだろうか。
極秘の文書は風華に書かせないようにしないと。
横に積み上げられた書簡を広げて見てみると、五十音順にまとめてあることが分かる。
ワ行まで来てるなら、もうすぐ終わるんだろう。
風華も気付いてないようなので、そのまま待つことにする。
「ワライグサ…鎮静作用…。備考なし…」
…ないのか。
「ワライタケ…幻覚作用…。猛毒…」
そんなものが、ここにあるのか?
「ワライメカブ…解熱作用…。美味しい…」
そんなことも書くのか。
それにしても、さっきからワライなんとかが多いな…。
「ワラビリンドウ…効用なし…。良い匂い…」
…薬棚にしまうより、外に出しておいた方が良いと思うんだけど。
「ワリトウマィ…止血作用…。食べずに、患部に塗ること…」
そんな備考を書くということは、やっぱり"割と美味い"のだろうか。
そのあとも、ワルイグサだとかワルクナイグサとか、本当にそんなものがあるのかというような名前が続いた。
備考によると"いぐさ"の一種らしいけど…。
悪い草、悪くない草…ではないようだ。
「はぁ~、終わった~」
「ご苦労様」
「うわっ!?い、いたの?」
「ああ」
「もう…いるならいるって言ってよね…」
「次からはそうしよう」
「で、どうしたの?」
「ん?セトに風華を探してくれって頼まれてな。報酬も先に貰ったし」
「報酬?」
「ああ。まあ、今日の夕飯にでも出るだろう」
「ふぅん…?」
書簡を丸め、紐で縛って棚へしまう。
書簡の表には、その書簡の一番最初と最後のものの名前が書いてあるらしい。
風華はそれを確認しながら、順番に並べていく。
きちんと整理整頓するというのは大切なことだ。
欲しいものがすぐに取り出せるし、他の人から見ても分かりやすい。
なにより、整然とした部屋は気持ちの良いものだ。
しっかり食べろ、よく寝ろ、思いっきり遊べ、寝床だけは綺麗にしておけ。
どちらの母さんも、いつも言っていたこと。
「あ、そうだ。昼ごはんを食べてから、灯が涼さんのところに行くんだって。料理教室。私も一緒に行かせてもらうことになったんだけど、どうする?」
「ん?オレか?」
「他に誰もいないじゃない」
「オレは…やめておくよ」
「えぇ~、なんで~?」
「ガラじゃないしな」
「でも、今日も暇なんでしょ?」
「それはそうだけど…」
「じゃあ、行こうよ」
「衛士長が毎日遊んでるのは…」
「いいじゃない。誰も姉ちゃんに働いてほしいなんて思ってないだろうし」
「うぅ…」
それは真実かもしれないが、改めて言われると心に突き刺さる…。
「ねぇ~、行こうよ~」
「うーん…」
セトのように額を私のお腹に擦りつけて甘える。
そんなことされても…。
「やっぱりダメだ…」
「むぅ…。それじゃあ仕方ないね…」
「ごめんな…」
「ううん。姉ちゃんも、衛士長らしいところを見せないといけないもんね」
「そ、そうだな…」
衛士長らしいところって…どんなところ?
午の刻の少し前。
早めの昼ごはんを食べに、厨房へ行く。
「お願いしま~す」
「はい。分かりました」
「セトが覗いてるぞ」
「…もう慣れました」
「あ!セト!迷惑かけちゃダメでしょ!」
「ウゥ…」
「ははは…。もういいですよ…」
諦めたように料理に取り掛かる。
でも、風華は止まらない。
「朝もいたよね?なんで、お仕事の邪魔をするの?」
「………」
「黙ってちゃ分からないでしょ!」
「ゥルル…」
「謝ってもダメ!なんで、お仕事の、邪魔を、したの?」
「キュゥ…」
「自分で食べてるんでしょ?なんで、ここに来る必要があるのよ」
「………」
「はぁ!?」
「オォン…」
風華に圧され、完全に畏縮してしまってる。
…まさか、こんな構図が成立するとは思わなかった。
小さな風華は大声で捲し立て、大きなセトは情けない声を上げ。
「風華。ごはん、出来てるぞ」
「ちょっと黙ってて!」
「まあ、それは良いけど、涼のところに行けなくなるぞ」
「あ!そうだった…」
「さあ、セトを解放してやれ」
「あぁもう!とにかく、厨房を覗くのは禁止!夕飯のときは、広間も禁止だよ!分かった?」
「………」
「分かったの?」
「ウゥ…」
「唸ってたら分からないでしょ!」
「………」
「はぁ…。最初からそう言えば良いでしょ。…もういいよ。行きなさい」
そう言われて、逃げるように去っていくセト。
…相当怖かったんだろうな。
恐怖の原因、風華は、頬を膨らませ乱暴に椅子に座り、ごはんを食べ始める。
「喉に詰まらせるぞ」
「………」
「いただきます」
「…ぅうっ」
「ほら、言わんこっちゃない」
風華の背を叩いてやる。
しばらく苦しんでいたが、ちゃんと飲み込めたらしい。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫か?」
「ふぅ…」
軽く頷くだけだった。
まあ、これ以上刺激することもないだろう。
不機嫌な空気のまま、昼ごはんの時間は過ぎていった。