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「うぅ…。エスカ…。うーん…」
「師匠、おはようございます」
「おはよう」
「この方が、噂の蛇さんでしょうか」
「ああ、そうだ。お前には見えるんだな」
「えっ?あ、はい。見えない方もいらっしゃるんですか?」
「ある程度、霊感が強くないと見えないようだな」
「へぇ…。そうなのですか…。私は霊感が強いんですか…」
「うーん…」
「…師匠、この蛇さん、さっきからうなされていませんか?」
「そうだな…。まあ、さっきからじゃないんだけど…」
「もしかして、一晩中ですか?」
「そうだな…」
まあ、私が寝ていた間は分からないけど。
一晩中看護していたんだろうな。
レオナに起こされたときにはもう眠っていたけど、そのときからすでに魘されていた。
…それだけ、エスカが大切だということなのかもしれないけど、取り憑かれている私にとっては、二度寝するにはいささか五月蝿いものであることには変わりない。
「そういえば、師匠、綺麗な鱗ですね。この鱗のことも、聞いていたのですが」
「はぁ…。どうも…」
「え、あっ!あのっ、えっと、悪気があったわけでは…」
「…分かってるよ、それくらい。ありがとな」
「す、すみません…」
「気にしてないよ」
「そ、そうですか…」
まあ、綺麗だと言われたのは秋華が初めてかもしれないな。
こいつは、まったく、面倒なものを押し付けてきたと思っていたけど、こうして言われてみると、悪くはないのかなと思ってしまう。
…一刻でも早く取り除いてほしいものには変わりないけど。
秋華のその言葉だけでも、少し待てる気がした。
「あ、そうだ。師匠、大和さんはどこに行ったのですか?」
「今は伊織と蓮のところで、草平と一緒に養生してるよ。ここは、子供たちもよく来るし。気になるなら見舞いにいってやれ。喜ぶだろうから」
「大丈夫なのでしょうか、お見舞いは…」
「足にヒビが入っただけだ。無闇に動かしたり、蹴ったりしない限りは大丈夫だろ」
「け、蹴るなんて…。では、ちょっとお見舞いに行ってきますね」
「ああ」
「あっ、お土産は…」
「そんなものは要らないから」
「わ、分かりました…。では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
秋華はスッと立ち上がると、一度お辞儀をして、医務室を出ていった。
まあ、元気そうだったとレオナも言ってたし、心配することもないのかなと思う。
私はこいつから離れられないから、そう簡単には行けないけど。
「あっ、姉ちゃん。なんや、ずっと起きとったん?」
「レオナ。…まあ、お前に叩き起こされたからな」
「根に持つ女は嫌われるで」
「ふん。気持ちよく寝てるところを起こされたら、誰でも腹を立てると思うけどな」
「そらそうやけどさぁ。姉ちゃんがこっから動けんなんて知らんもん。手伝ってもらお思て、こっち来るやん」
「小十郎が手伝ってくれる手筈だっただろ。非力な私をわざわざ起こさないでくれ」
「非力て、どこの誰がゆうとんのかな」
「オレも、まだ二十歳のか弱い乙女なんだぞ」
「か弱いて。ヘソが茶ぁ沸かすってもんやで、それ」
「お前、かなり失礼だからな」
「はぁ…。しっかし、姉ちゃんが手伝ってくれんから、うちは筋肉ばっかり付いてもうて…。筋肉乙女なんてイヤやで」
「お前が自発的にやってることだろ。オレが手伝う、手伝わないに関わらず、筋肉は付いていく。嫌なら、やめることだな」
「もう…。そんな意地悪ばっかりゆうて…」
「ふん」
「…あ、そういえばさ、姉ちゃん」
「なんだ」
「男の子が喜ぶもんゆうたら、何か分かる?」
「銀次に贈り物でもするのか?」
「やっ、や、そ、そんなんちゃうて!」
「何をそんなに動揺してるんだよ…」
「だって、姉ちゃんが変なことゆうねんもん!」
「何が変なことだよ。お前が、男が喜ぶものを聞くということは、そういうことじゃないのか。それとも、別の男に何か贈るのか?」
「うっ…。ま、まあ、銀次もせやけど…。兄ちゃんにも、なんか贈ったろかな思て…。ほ、ほら、寺子屋も大きなって、手間賃も増えたからさぁ…」
「なんだ、そんなことか。というか、ちゃんと手間賃出てたんだな」
「うん…。兄ちゃんと銀次には、いつも世話んなってるし、なんか贈ったろかなって…。そ、そんだけやねんけど…」
「そうか」
「ほ、ほんで、なんか分からん?」
「男のことは男に聞くのが一番いいんじゃないか?なんでオレに聞くんだ」
「だって、他に男の子で知り合いゆうたら、銀次か兄ちゃんしかおらんもん…」
「オレは女なんだけどな。一刀に聞けばいいだろ」
「えぇ…。イヤや、そんなん…」
「一刀が聞いたら哀しむだろうな」
「父さん、最近道場に掛かりっきりやし…。どっかと交流試合あるとかゆうて…」
「試合なら、しっかり準備しておかないとだろ。仕方ないじゃないか」
「せやゆうたかて…。母さんかて、夜遅うまで待ってたりすんねんで?」
「あいつは、お前が思ってるほど弱いやつじゃないよ。強い母であり、聡い妻だ。それに、一刀も、試合にかまけてばかりじゃないと思うぞ。お前にどう見えるかは知らないけど、あの夫婦は本当に上手くやってると思う」
「………」
「まあ、聞きたくないなら仕方ないな。そうだな…。男の喜びそうなものといえば、春本なんかはどうだ。銀次にやるやつは、お前の裸なんかを描いてだな。男に裸を見られるのが嫌なら、女で腕のいい春画師も紹介してやる。いや、むしろ、お前自身を贈ってやったらどうだ。あいつも喜ぶと思うぞ」
「なっ、何ゆうてんねん!そ、そんな、春本とかうち自身とか…アホかっ!盛りのついた猫やあるまいし、そんなんで喜ぶかいな!」
「男なんて、年中発情期みたいなものだろ。いい案だと思うけどな」
「ア、アホ言いな!ぎ、銀次はそんなんちゃうし!ホンマ、姉ちゃんなんかに聞いたうちがアホやったわ!」
「そうだな。今度ゆっくり、一刀と買い物にでも行ってみたらどうだ。お前が頼めば、何だってついてきてくれるだろ」
「…姉ちゃんて、ホンマ意地悪やわ」
「そうかもしれないな」
レオナの額を突いてやると、ムスッとした顔で、不機嫌そうに尻尾を振っていた。
まあ、一度じっくりと話してみるのが一番いいと思う。
ただ誤解して擦れ違ってるだけだから。
…レオナには、春本やら何やらなんて、確かに意地悪だったかもしれないけど。
でも、自ら歩み寄って問題を解決するためと考えれば、そんな意地悪も、切っ掛けとしてはいいんじゃないかなと思う。