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話を一通り聞いて、だいたいのことは分かった。
フィルィは厠に行くと席を立ったけど、私と母さんは引き続き話を聞くことに。
「なんで、オレとりるとは話すのに、他のやつらとは話さないんだ」
「私は、小さな子供は好きだからな。あと、紅葉と話すのは、こうして依り所とさせてもらっているからだ」
「そうかよ…。というか、なんでりると話してるときは、お前の声が聞こえなかったんだ?」
「あの娘は、耳がいいようだな」
「どういうことだ」
「私の心の念を受け取れるようだ。心の声が聞こえるんだな。あのときは、まだ弱っていて声が出なかったから、やむを得ず使ってみたが…」
「ふぅん」
「まあ、紅葉も出来るだろうが、わざわざやるのも面倒くさい」
「やらなくていい」
「そうか」
心の声ねぇ。
念波とでもいうんだろうか。
まあ、セトたちと話してるのも似たようなものなんだろうけどな。
…しかし、弱っていて声が出なかったとはな。
撫子も似たようなことになってたときがあったけど。
お陰で、声も聞こえないものだと思っていた。
「ねぇ、リューナ。リューナって一回死んでるの?霊体みたいなかんじだけど」
「………」
「答えてやれよ」
「答える義理はない」
「じゃあ、今すぐオレから離れろ。オレにも、お前を取り憑かせてやる義理なんてない」
「いや、それは困る…」
「お前に取り憑かれていると、オレが困るんだけど。主にこの鱗」
「うむ…」
「聞かれてることにくらいは答えろよ」
「分かった分かった…。私が悪かった…」
「まったく…。間借りしてる分際で偉そうにするな」
「むぅ…」
「ほら、答えろよ」
「うっ…。質問は何だったかな…」
「なんだっけ?」
「はぁ…。お前は一回死んでるのかという話だ」
「あぁ…。いや、死んでいるわけではない。最初からこのような姿だ、たぶん。生まれたときのことなどは覚えていないが、記憶に残っている分は、全てこの姿だ」
「ふぅん…。変なの」
「………」
「で、今は霧散しかかってると」
「うむ…」
「寿命が近いんじゃない?伝説にすらなる古代から生きてるわけだし」
「さあ、どうだろうな…。私は、まだ若い方だと思うが…」
「じゃあ、なんか悪いものでも食べたとか。ていうか、何か食べるの?」
「無論、私も生きていくためには喰っていかねばならない。悪いものなどは…」
「あっ!そういえば、リュナムクには永遠の生命を持った人間の従者がいるって聞いたことがあるんだけど!」
「いきなり何なんだ…」
「エスカだろ」
「そう、それ!」
「まったく、どこでそんな情報を仕入れてくるのだ…」
「オレが読んだ中では、秘境の詩という本に一篇だけ、リュナムクとその従者の話が書いてあった。昔、リュナムクが破壊の限りを尽くしていたとき、怒りを収めるために用意された生贄がいた。その生贄は、まだ名前すらもない赤子で、リュナムクの根城としていた洞窟に、ただ泣き声を反響させるばかりで…」
「待て待て、紅葉。本人を前にして、今から全部話す気か?」
「お前が話す気にならないかと思ってな」
「まったく…。私に何か恨みでもあるのか…」
「大アリだ。とぼけるなら、今すぐに引き剥がすぞ」
「分かった分かった…。話せば分かる…」
「ふふふ。えらいのに取り憑いちゃったね。後悔してる?」
「いや、私でも取り憑けるのは、近くには紅葉以外にはいなかったのだ…」
「あぁ、選択肢がなかったのね。そりゃ、ご愁傷さま」
「………」
私が悪いのか?
蛇の霊夢を見た直後に、こんな風に取り憑かれている私の方が、被害者なんじゃないのか?
いや、蛇の霊夢は関係ないかもしれないけど…。
とにかく、今の言われようは納得出来なかった。
「それで?そのエスカってのは?」
「エスカは、確かに私の従者として働いてくれているが、今はいない…」
「えぇ?力を補充し忘れて、塵になっちゃったの?」
「まさか…。しかし、行方が分からないんだ…。このあたりに来て、少し一休みと眠っている間に消えてしまってな…。ほんに愛らしい娘だから、誰かに拐われてしまったのかも…」
「えぇー。逃げたんじゃないの?」
「それはない…と思う…。たぶん…」
「何それ。自信なさげだねぇ」
「もしや、この前に少し厳しく叱ったのがいけなかったのだろうか…。それとも、毎日味気ない食事ばかりだし、私の従者などやってられないと…」
「なんか、思春期の娘を抱えた父親みたいね」
「人間が捨てた赤子を、男手ひとつで育ててきたんだ。そうもなるだろ。可愛い娘がいなくなれば、母さんだって心配するだろ?」
「えぇ?灯は、いなくなっても、だいたい紅葉が連れて帰ってきてたし。紅葉は、いつもちゃんと帰ってきてたし。心配はなかったかなー」
「お気楽だな…」
「紅葉がしっかりしてるお陰でね」
「はぁ…。母さんがちゃらんぽらんなんだろ…」
「えぇー」
「エスカ…。私が悪かった…。帰ってきてくれ…」
「リューナが調子悪いのってさ、もしかして、エスカがいないからじゃないの?」
「そ、そうかもしれない…。そういえば、身体の調子が悪くなったのも…。あぁ、エスカ…。我が愛しの娘よ…」
「何?戯曲?」
「母さん。いちおう、こいつは真剣なんだ。茶化すなよ」
「はいはい、分かりましたー」
「まったく…」
「それで、どんな子なの?特徴は?」
「歳は十八で止まっている…」
「えっ!永遠のピチピチ十八歳?羨ましい!私にも!」
「母さんは、もう過ぎてるだろ…。それに、死んでるんだから、歳は取らないし…」
「ちぇっ。私も赤ん坊のとき、生贄に捧げられればよかった!」
「母さんなら、そのままリューナを倒して、自力で村に帰ってたんじゃないのか…」
「あはは、あり得るー」
「笑い事じゃないぞ…。それで?種族は?」
「白狼だ…」
「白狼!来たね!世界で最も美しい種族!うちの灯ちゃんも白狼だよ!」
「そ、そうか…」
「囃さなくていいから…。リューナも、母さんのことは、今は無視していいからな…」
「うむ…」
「それで、十八歳の白狼で?他の特徴は?」
「そうだな…。私の力を利用するために、身体中に刺青を彫ってあるな。美しい肢体に傷を付けるのは忍びなかったが、もう人間の世界には戻らないと言っていたのでな…」
「全身刺青って…桜の花吹雪とか?この桜吹雪が目に入らねぇか!ってね」
「いやいや…。それは見せるための刺青だろ…」
「力を利用するための刺青は、ごく記号的なものだ。人間がよくやっているものとは違って単なる模様でしかないし、色も灰色と黒だけだから、見た目はかなり地味かもしれないが…」
「まあ、地味な刺青も珍しいから、もしかしたら見つけやすいかもしれないな」
「探してくれるのか?」
「仕方ないだろ…。さっさと離れてもらわないと…」
「う、うむ…。そうであったな…。すまない…」
「はぁ…」
また厄介な事件が舞い込んできたものだ。
でもまあ、人探しなら得意なやつらがいるから。
早速、依頼してみるかな。