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「えぇ、天昇川のこと?さあ、なんで知ってるのかな?」
「お前な…」
「ははは、冗談冗談。昼にね、あの龍がどんなものか見に行ったとき、紅葉と話してるのが聞こえてきてさぁ」
「立ち聞きか。趣味の悪い…」
「まあ、情報屋としての本能っていうか?」
「職業病だろ」
「あはは、そういう言い方もあるね」
「まったく…」
「とりあえず、あの龍…草平だっけ?草平が天昇川の主だったなんてねぇ」
「あいつは、そうだとは言ってないけどな」
「それはそうだけど、あれは肯定してるようなものじゃないかな」
「そうだな…」
「とりあえず、伝承によれば、天昇川の主は猛々しき黒龍なり…ってことらしいよ」
「ふぅん…」
「ちなみに、これはルクレィ考古学研究会からの情報ね」
「まったく、お前らの繋がりの広さには呆れるばかりだな…」
「有名所はちゃんと押さえてあるのよ。こういうときに役立つでしょ?ちなみに、聞きもしないことも全部話してくれたらしいわ。降龍川とかのこともね」
「そうか。まあ、降龍川は本人がいるんだから、そっちに聞けば早いけど」
「そうでもないかもしれないよ。どうも、伝承からすると、降龍川の主は闇夜に輝く金の鱗を持つ龍だったって。翡翠は白っぽいでしょ?」
「そうだな」
「世代交代でもしたのかしら」
「そうかもしれないな。まあ、それも翡翠に聞けば済む話だ」
「うーん…」
たとえ翡翠の鱗が朝日や夕日に輝いてたところで、たぶん金色には見えないだろう。
まして闇夜では、だ。
それに、翡翠はまだまだ若い。
若いと言っても、たぶん、私たちよりもずっと長生きはしてるだろうけど。
でも、伝承になるくらいなんだから、それなりに時代は経っていると思う。
「ん、そういえば、テスカはどうなったの?」
「いや、まだなんだ」
「えぇー。もう、この夕飯が終わって、お風呂に入って、歯磨きしたら寝る時間だよ?」
「そうだな」
「どうする気なんだろ…」
「さあな。でも、フィルィとセルタには連絡が行ってるみたいだ」
「そうなの?」
「二人とも急いでごはんを食べてるからな」
「えっ?あぁ…。ホントだね…」
少し離れた向こうで、二人は黙々と夕飯を食べていた。
互いに、言葉を交わす時間すらも惜しいといった風に。
「紅葉は、そういう観察力はあるよね」
「お前は盗聴力があるみたいだけど」
「まだ立ち聞きしてたのを根に持ってるの?」
「根に持ってるって、あのな…」
「ははは、冗談だって」
「………」
「まあ、テスカの決意表明を見学しに行きますかね」
「そうだな…」
実を言えば、私にも立ち合ってほしいと、テスカから依頼されてたんだけど。
それとは関係なく、こいつなら飄々とした顔で参加しているだろうけどな…。
とにかく、決意表明に遅れないように、私たちも食べる速度を上げた。
伊織と蓮は、隅っこの薄暗い場所で、二人寄り添って丸くなっている。
そして、その間に明日香が入り込んでいるようだった。
「テスカは何してるんだろうね」
「ロセがそわそわしててもしょうがないでしょ」
「それはそうだけど…」
「…クア。お前、今日はどこにいたんだ」
「………」
「こいつは、ずっとオレのところにいたけど」
「そうなのか?まったく…」
「それで、こいつはなんでオレを尾け回していたんだ」
「紅葉のことが気に入ったんだろ。だから、ずっと観察していた」
「気に入ったら観察するのか、こいつは」
「………」
「好きな人がやってることは興味あるだろ?」
「だからってなぁ…」
「まあ、それは冗談だけど。こいつは、興味のあるやつはとことん調べないと気が済まない性格なんだよ。紅葉は、こいつが初めて負けを認めたやつだからな。興味の度合いも高い」
「…ワゥ」
「今更そんな強情張ってどうするんだよ」
「………」
「まったく、素直じゃないやつだな」
「そんなことはどうでもいいんだ。明日からは、尾行はやめるんだろうな?」
「いや、しばらくは続けるだろうね」
「はぁ…」
「………」
まあ、厨房や厠には入ってこないから、他のやつらからしても問題はないんだけど…。
一日中見張られているのは、さすがに気持ちのいいものではない。
…クアの方を見ると、チラリと一瞬だけこっちを見て、またそっぽを向いてしまった。
「…待たせたな」
「あっ、師匠」
「来たか」
「来たね」
「なんか、余計なのもいるみたいだけど…」
「気にしない気にしない」
「…まあ、別にいい」
「あ、あの、師匠…。急かすようなことをして、申し訳ありませんでした…。あの、ぼく…」
「いや。ずっと逃げてばっかりだったからな、私も…。フィルィに、切っ掛けを貰えた」
「師匠…」
「だから、ありがとう。そして、今から私の考えを述べていこうと思う」
「は、はいっ」
「いつでも掛かってらっしゃい」
「台詞が違うし、そもそもお前は発言するべきではないだろ、遙」
「はぁい。分かりましたぁ」
「…あの、いいかな」
「はい、どうぞどうぞ」
「………」
「じゃあ、改めて…。私は、ここで決意表明をしようと思う」
「はい」
「まず最初に、私は旅団長の器ではない」
「そ、そんなことないですよ…」
「フィルィ、今は黙ってテスカの話を聞いてろ」
「は、はい…」
「…私は旅団長の器ではない。だから、ちゃんと旅団長の務めを果たせないだろう」
「………」
「セルタ」
「…なんだ」
「お前を、副団長に任命したい」
「………」
「草平」
「ん?」
「お前には、参謀に就いてほしい」
「ふむ」
「そして、フィルィ」
「は、はいっ!」
「お前は、団長補佐だ」
「えっ、団長…補佐…?」
「私は旅団長の器ではないし、務めも果たせないだろう。でも、それは一人で全部やろうとしたときの話だ」
「………」
「ここで生活していて、分かったことがある。みんな…そう、衛士長である紅葉でさえも、お互いに足りない部分を補い合って生活していた。一人では上手くいかないことだって、みんなでやれば上手くいく。自分一人で全部背負い込んで生きていると思ってるやつなんて、誰もいなかった。でも、それが家族なんじゃないかって。お互いがお互いを支え合って生きていた」
「………」
「私は、家族という言葉の響きだけで満足していたんだな。ただ、それを言っているだけで…。でも、それは間違っているんだと気付けた。ここに来ることが出来て、本当によかった」
「師匠…」
「長くなったな。では、ここに改めて。…私は、旅団蒼空の団長を続けたいと思う。だから、みんなで私を支えてくれないか」
今までで一番いい目をしていると思った。
輝いていた。
…なにしろ、今日この瞬間が、旅団蒼空の出発のときなんだからな。