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「なぁんだ。延期なの?」
「当たり前でしょ。どこにも連絡が行ってないのに、大会なんて出来るわけないじゃない」
「そうだけどさぁ」
「…それで、お前たちは、なんでここに集まって井戸端会議なんだ」
「井戸じゃないからね」
「そういう意味ではない」
「まあ、ここは私の家だし」
「伊織と蓮の家だからな」
「いいじゃんいいじゃん。すごく住み心地いいよ」
そう言いながら、ケラケラと笑うロセ。
まったく、こいつは…。
今すぐ、遙をここに連れてきてやろうか…。
「委員会支部の人によれば、また後日連絡するってことなんだけど」
「まあ、中止よりはいいんじゃない?」
「そりゃそうだけど…」
「でも、私としては残念かな」
「えっ?中止の方がよかったの?」
「そういう意味じゃなくてね。ほら、延期になっちゃうと、私は帰らないといけなくなって、灯の活躍を見に行くことが出来なくなるでしょ?帰ったら、仕事もたくさんあるだろうし…」
「自覚はしてたんだな」
「もう…。紅葉は、相変わらず歯に衣着せない物言いだね」
「歯に服なんか着せたら、口の中が気持ち悪いだろ」
「ふふふ、そうだね。まあ、遙も帰ってきたし、ここらでもう帰ろうかなって思ってるんだ。あの子も、いい加減、私を帰すために何か言ってくるだろうし」
「そのつもりだろうな」
「はぁ…。まあ、この家も名残惜しいけど、そろそろ我が子たちの顔も見たいし」
「よく今まで見たいと思わなかったなと感心するよ」
「見たいと思わなかったわけじゃないよ。ただ、懐かしい匂いがするんだ、ここは」
「ふぅん…」
「ここって、そんなに匂うかな。やっぱり、伊織と蓮が臭いから?」
「そういう意味じゃないし、たまに私が水浴みさせてるから、そこまで匂わないと思うよ」
「冗談だよ、冗談…」
「分かってるけどね」
「むぅ…」
「まあ、何か分からないけど、ホッと安心出来るんだ。ここに帰ってくると」
「そうなんだ」
「ふむ。俺も分かる気はするな。ここは、不思議な気で満ちている」
「なんか、草平が言うと、なんとなく胡散臭いよね」
「お前は俺を何だと思ってるんだ…」
「大きな龍。それ以外に思い当たらないわ」
「でも、格好いいよね、大きいのって」
「灯はまだまだ子供だなぁ」
「な、なんで子供なのよ。大きいのって、なんか希望に満ち溢れてるみたいじゃない」
「いや、俺はそんな大層なものでは…」
「大きくたって、夢も希望も詰まってなんかないよ」
「いや、そこまで言われると、さすがに少しヘコむな…」
「情緒不安定?」
「不安定にさせてるのはお前たちだろ…」
「そうなの?」
「はぁ…」
草平は大きなため息をついて、諦めたように首を振る。
それを見て、ロセはまたケラケラと笑って。
…子供はどっちだよ、まったく。
「…あ、そうそう。遙がね、姉ちゃんに天昇川の情報が欲しいなら言ってくれって。なんで天昇川なのかは分からないけど」
「壁に耳あり障子に目ありってところか?というか、あいつは気持ち悪いくらいに他人の情報を盗み取ってくるよな…」
「情報屋だしね。まあ、天昇川といえば、最近、保全委員会が設立されたって噂を聞いたことあるけど。水源は聖域のはずなのに、遊歩道が勝手に付けられて荒らされてるからって」
「ふぅん。それは聞いたことなかったな。荒らされてるのは聞いたけど」
「地主とか周辺の村に掛け合って、水源と上流域に立入禁止区域を指定して、保全活動を活発にしているみたいよ。たしか、天照の団員が、周りに呼び掛けて…っていうのが始まりだったんじゃないかしら」
「そうか」
「………」
その団員というのは、もしかしたら松風じゃないだろうか。
あいつが言っていた、天照にいないといけない理由…なのかは分からないけど。
「でも、なんで天昇川の話なんて聞きたいの?ここからは結構離れてるし…」
「自分の国のことを、もっと詳しく知ろうと思ってな」
「えぇ…。それだったら、蔵書庫の歴史書とか地理書を読んだ方がいいんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれないな」
「何それ…。別になんでもいいけどさ…」
「そうそう、天昇川といえばね、天昇川の主が人間に愛想を尽かしてどこかに行ったから、あんなにも荒れたんじゃないかって話もあるらしいのよ」
「主?そんなのがいるの?」
「いるんじゃない?私はよく知らないけどさ」
「あ、でも、翡翠だって降龍川の主みたいなものだし…」
「天昇川の主だったら、相当な力を持ってるんでしょうね。あれだけ大きな川なんだし」
「川の大きさと関係あるの?」
「さあ、知らないけど」
「えぇ…」
「でも、五大属性で言えば水は黒。川はだいたい蛇か龍が管理してるって話だから、もしかしたら、草平が天昇川の主だったりして」「………」
「そんなはずないよ。私はまだあんまり知らないけど…でも、草平は、大切なことを投げ出すような人じゃないってことは分かるもん」
「人には、誰にも言えない過去ってものがあるのよ」
「そんなの、ロセの勝手な想像じゃない」
「それを言うなら、灯のだって、ただの妄想なんじゃないのかしら」
「そんなことないもん!」
「はいはい、大声ださないの。まったく、気に入られたものね、あなたも」
「…そうだな」
「まあ、詳しくは聞かないことにするわ。灯も五月蝿いし」
「五月蝿くないもん!」
「分かった分かった」
「むぅ…」
ロセは灯を適当にいなして。
灯は、不満たらたらのようだったけど。
…草平が天昇川なのは間違いないというのは、さっきまででも分かってたけど。
でも、ロセの話を聞いていた様子や、そのあとの反応を見て確信出来た。
次は、どうしてそうなったのかを探る段だな。
お節介かもしれないけど…。
また遙に話を聞いておくことにしようか。